第二話 初日:鏡の間にて儀式を行え

「とりあえず、封筒ふうとうを開けるんやったか?」


 夕子さんの言葉に、全員が頷いた。

 指示の通り、いそいそと封筒を開く。

 中には、一通の手紙が入っていた。



『この手紙を見たら、以下のことを行うべし。


 ひとつ、同封の〝ふだ〟に自分の名前を記し、爪と髪を切り、合わせて封筒に戻すこと。

 ふたつ、別宅の奥、鏡の間にて、文机ふみづくえの備え付けられた姿見すがたみに、諸々もろもろを収めること。

 みっつ、十日間そこで暮らせば、依頼を達成とみなす。』



 藍奈があたしの手紙をのぞき込み、ため息を吐いた。

 どうやら、一言一句いちごんいっく同じ内容だったらしい。


「なによこれ、信じられない」

「まあまあ、歩美の言うことも解るけどな?」


 同意を求めるように夕子さんがあたしを見た。

 首肯しゅこうを返す。


 胡散臭うさんくさいのは間違いない。

 だが、誰も逃げだそうとはしない。

 金が必要だからだ。

 誰もがそうだ。


 拒否するという選択肢は、初めから無い――


「やるか」

「……やろう」


 結局、あたしたちは指示に従った。

 どれほど破滅的な悪い予感がしていようとも、それが仕事だったからだ。


 名前を札に書いて、髪と爪を切って、もう一度封筒に収める。

 それから、ぞろぞろと屋敷の奥へ向かう。


「……? おまえ、なぜそんな蛇行だこうするように歩くんですか?」

「ぶつからないように?」

「おかしなことを言うニッカポッカです。失礼、元から残念でしたね」

「パチモン巫女も世間的には残念な部類だと思うよ?」


 藍奈と普段どおりのやりとりをしていると、歩美さんが吹き出した。

 ……どうやら、堅物かたぶつというわけでもないらしい。


 さて、目的地はすぐに見つかった。


 土とコンクリートとレンガをこね合わせたような奇妙なかたまりが、屋内になんの脈絡みゃくらくもなくえていたからである。

 これもご丁寧に、ペンキかなにかで赤く塗り固められていた。

 異様な徹底てっていぶりだ。


「元からあった小屋かなにかを、コンクリートで密閉みっぺいして……そのうえに、この屋敷が作られている?」


 誰もあたしの言葉を肯定しなかったが、否定もしなかった。

 コンクリート塊には、歪んだ扉が取り付けられていた。


「おまえ」

「はいはい」


 誰も動かないので、あたしと藍奈は示しあって、扉に手をかけた。

 開く。


 中は――変わらずに真っ赤だった。


 ただし、鏡の間と呼ぶのなら、ここをおいて他にはないだろうとも思った。

 無数の、とんでもない量の割れた鏡が、時代をて青くび付いたりくすんだ鏡が、床一面にぶちまけられていたからである。


 部屋の中央には、姿見が確かにあった。

 文机と一体になった姿見は、鏡面きょうめんのぞき込めないように白い――例外的に白い〝かけ布〟がされていた。

 しかし、そのかけ布には、


『 禁 后 』


 と、真っ赤な文字が、きざまれている。

 じつに異様な、光景だった。


「きん――え?」

「なんや、読めへんな」


 戸惑とまどう歩美さんたち。


「ど……どうする?」


 誰かが言った。


「どうしようもないでしょう」


 誰かが答えた。

 そうして、やはり誰ともなく、名前入りの封筒を文机の引き出しに入れようと動き始めた。

 近づくことも嫌な雰囲気を、金のためだと無視して進む。

 ジャリ、バリと、踏みしめられた鏡が鳴った。


「気をつけて。あたしは安全靴いてるけど、鏡の破片は鋭利だ。怪我したら破傷風はしょうふうだってあり得るよ」

「日華はん、気ぃ遣ってくれてありがとな。ほれ歩美、注意するんやで?」

「ふん!」


 緊張感に満ちた作業は、しかし、何事もなく終わった。

 あとは、ここで十日間を暮らすだけだ。


「うげ、テレビにまで赤いフィルターがかかってるとか……」

「トマトにイチゴにニンジン、パプリカ、生肉……おー、なんや、食べ物まで赤いんか?」

「包丁にまな板、浴槽よくそうまでとは気合いが入っていますね」


 鬱陶うっとうしいほどの赤色三昧ざんまい

 この頃には全員が辟易へきえきとしていた。


 適当に食事を済まし、くじ引きで決めた部屋を自室と定めて、最初の夜を過ごす。

 窓は閉じられていて外が見えなかったので、携帯で時間を判断していた。

 ここにいると、日付の感覚さえ狂いそうだ。


「藍奈は眠れそう? あたしはちょっと気になるかなぁ」

「私とてそこまで図太い神経は持ち合わせていませんが……なにが気になるのです?」

「赤色」

「…………」

「とかく、身体は資本だ。おやすみ藍奈、いい夢を」

「……はい、き夢を」


 思い思いに、寝床に入って。


 ……きっと、ここまでは順調だったのだ。

 ここまでは。



§§



「きゃぁあああああああああああああああああああ!!!!」



 翌朝。

 つんざくような歩美さんの悲鳴で、誰もが飛び起きた。

 慌てて駆けつけたあたしたちが目撃したのは、



 鏡の間の中央に横たわる――真っ赤な死体で。



「……しき」


 藍奈が、いまさらのように、そんなつぶやきをした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る