第四話 崖の上で、喪服の男は意味深長な言葉を吐き捨てた
ちょうど、砂浜を見下ろせる位置に来て、支給されたおにぎりを
ほぐした鯖の身にマヨネーズを
眼下に広がる
海底まで透き通って見えるクリアーな水質。
「そこは、かつて人類の
突然背後から声をかけられて、持っていたおにぎりを喉に詰まらせる。
むせていると、お茶が差し出され、有り難く飲み干す。
なんとか息を吐き、お礼をしようと振り返って――あたしは、全身を硬直させた。
身長は二メートルほど。
「あんたは……」
「
「……あたし、
だから、真っ正面から聞く。
「あんたがここにいるのは、藍奈と関係があるから?」
「――――」
男は口を閉ざした。
そのまま男は沈黙を続けるかに思えたが、やがて。
「無関係だ。俺は俺の理屈で動いている。
「こっちに危害を加えるつもりはないってこと?」
「おまえたちは、
問い掛けに問いかけで返される。
どう答えるのが正解か解らず押し黙るが。
男は勝手に頷いた。
「陸路ならば、この街の〝仕掛け〟は発動しない。海から来たものだけが
「え?」
「既に
…………。
「だが、そうだな。あえておまえに告げてやる言葉もある。その瞳に、いまだ闇黒の
「いったい、なにを言って」
「明けない夜はないのだ、残り火を
男が、強く。
「
「…………」
「俺が言えることなど、この程度だ。いずれまた、
突然現れて、風のように去って行こうとする男の背中に。
あたしは。
ほとんど
「藍奈には、会わないの!?」
「――――」
喪服の男は。
「俺が顔を見せれば、あれは怒り、戸惑う」
ただそれだけ言って、街から姿を消した。
ドプンと、遠くの海でナニカが跳ねた。
白く、大きな魚影が、ずっと海底まで潜っていく。
たくさんの魚影が
十年以上前に沈んだ、古い町並みのなれの果てだった――
§§
「あれ、藍奈、仕事は?」
崖から戻ってくると、巫女が急ぎ足にどこかへ向かおうとしていた。
相変わらず表情のない、けれど美しい顔をこちらに向けて。
彼女は盛大に、ため息を吐いた。
「仕事をしていましたよ、さっきまで。よい
「じゃあ、なんでこんなところに……ははーん、さてはサボり?」
「違います。例のヤツが、また私を呼んでいるというのです」
「あー」
そこで納得した。
ヤツ。
一週間ほど前、あたしと藍奈が助け上げた
「ヤツは、いまでは〝生きえべすさま〟ですからね、やりたい放題ですよ」
声だけで呆れを口にして。
彼女は足早に歩き去って行く。
一連の動作があんまりにも
あたしはつい、喪服の男と出会ったことを、彼女に告げるタイミングを逃してしまった。
「自殺未遂、ね」
町長の屋敷で
「……なんで助けたんですか、クソめ」
意識を取り戻した青年は、治療に当たった町医者たちを見るなり、
どうやら人生に疲れ、恋人に手酷く振られ、入水自殺を
あまりにテンプレートな、生きているのが辛かったタイプの自殺志願者である。
街では、そう言った人物を保護する決まりになっているらしく、町長が身元を引き受けることを決めた。
警察は、口出しもできなかった。
〝えべすさま〟の
とはいえ、命あっての
青年が、藍奈と再会するまでは。
「夢じゃ、無かったのか」
男は、町長の屋敷に収支報告へやってきた藍奈をたまたま目に
そうして以降、藍奈を「女神」と呼び続けている。
自分の命を助けてくれたのは砥上藍奈であると、決めつけてだ。
あたしなんかの名誉より、彼の命が大事だ。
問題だったのは、青年が彼女に――美しい藍奈に、強い
「毎日のように呼びつけられて、会話と暇つぶしの相手をさせられる……藍奈もよく持ってるよね」
正直なところ、いまの藍奈は不発弾のようなものだと思っている。
あのパチモン巫女は、決して我慢強い生物ではない。
感情が
それでも、彼女が
「あの青年が、自死に向かわないよう、藍奈なりに気を遣っているからか」
もしくは、彼の面倒を見ることで、街から特別手当を
砥上藍奈という女は、あたし以上にやりたくないことをいつまでもやり続けられる人間ではない。
だから、本当に考えなければならないのは、藍奈自身のことではないのだ。
「〝生きえべすさま〟」
この街において、生きて浜辺へ流れ着いた人間は。
「神様として扱われるって、どういうこと……?」
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