第97話 文化財クラッシャー・ユウキ

 事件から三日後。

 勇輝はベルモンド邸の中庭でクリムゾンセラフの修理をしていた。

 戦闘中はとにかく痛みを感じる部分ばかり優先的に直すので、装甲のすみずみまで完璧というわけにはいかない。

 だから今日みたいなヒマな日にしっかり直しておかないと、次の戦いで泣きを見ることになるのだ。


らんわすれず。

 ウンウン、俺ってまじめだな~」


 自画じが自賛じさんする勇輝の後ろで、メイドのジゼルがつぶやいた。


「でもぉ~、まじめな人は退学になんてならないと思いますよぉ~?」


 ゲフッ、と魂が血をはいた。


「不幸な事故だったんだよ……」


 わざとスカートの中に頭突っ込んだなんて、そんなわけないじゃないか。

 気がついたらあのピンク色をおがんでいたのだ。

 どうやったらそんな事になるんじゃボケ、とか言われても困る。

 気がついたらあんな事になっていたのだ。

 ピンク色のパンツが目の前にあったのだ。


「ピンク色でしたかあ~」

「ピンク色でしたよ……」

「白だったら退学にならなかったかもしれませんね~」

「そうだねー、って何でやねん!」


 しょうもないボケとツッコミを繰り広げながら修理を続ける。


 武器なんかも改善できる部分があればついでにやってしまおう……なんて色々とやっているうちに午前はあっという間におわり。

 ガッツリ昼食をとったあとダラダラと長い休憩きゅうけいをとって、さあ午後の作業をはじめようかという時だった。


 年老いた執事しつじがあわてた様子で中庭まで駆けてきた。


「た、た、大変でございますユウキ様」


 この人、髪は根元から毛先まで真っ白。

 しかもアゴヒゲとくちヒゲとモミアゲが全部つながるタイプの顔で、これらすべて真っ白という意外とめずらしいタイプの人。

 なんとなく動物のヒツジを連想してしまう。


「どうしましたヒツジさん」

執事しつじです。

 そんなことを言っている場合ではありませんぞ。

 とんでもないお客様がいらっしゃいました!」

「客? だれ?」

「ジェルマーニアの皇女、マリアテレーズ殿下です!」

「は?」


 勇輝の目は点になった。





 ヒツジ顔の執事さんにはお茶の準備をしてもらうことにして、勇輝はとにかく門前まで出迎えることにした。

 なるほど門前に見なれない大型馬車が止められている。

 馭者ぎょしゃが扉を開くと、中から若い女性が出てくる。


 緑色の長い髪、軍服のコスプレみたいな奇抜きばつな服装。

 意外なことにダリア・バルバーリだった。


 ダリアは勇輝に目礼もくれいをして、馬車の横に身をよせる。

 次にマリアテレーズ殿下が姿を見せた。

 皇女殿下は自慢の金髪ドリルをブオンとかき分けて、ドヤ顔としか言いようのない微笑みを見せる。


「ごきげんようユウキ」

「ご、ごきげんよう」


 勇輝にはこういう時のマナーがまだわからない。

 同じ言葉を返したがこれで良かったのか?

 お辞儀じぎのしかたはどうなんだ?

 そんなこんなを考えているうちに、皇女殿下まで横に移動してしまう。


 馬車から三人目の女性が現れた。

 黒い修道服を身につけた老婦人。

 聖エウフェーミア女学園の学長だった。


 思いもよらぬ三人組の来訪らいほうに、勇輝は驚きをかくせない。





 とにもかくにも応接室にお通しした。

 ちょうどタイミングよくヒツジさんがお茶とお茶菓子を運んできてくれる。

 学長が口をひらいた。


 長い前口上まえこうじょうは省略。


「聖女様には当初の予定通り、我が校にご入学いただけることになりました」

「へっ?」


 たしか学校見学に来ていただけ、という話にして入学は白紙はくし撤回てっかいになったはずだが。


「その、皇女殿下たってのご要望で」


 学長がチラリと殿下の顔色をうかがうと、マリアテレーズ殿下は胸をはった。


「当然です。このわたくしとユウキが同時に在学することで得られる利益を、ささいなトラブルで手放すべきではありませんわ。

 わたくしは私情よりも母校の利益を優先したのです!」


 フンス! と鼻息あらく語る皇女殿下。

 どちらかというと私情を優先したのではなかろうか。


 なるほど、皇女と聖女が同じ学校に通っているとなると、宣伝効果は極上である。

 そんなこと数百年に一度あるかないかであり、世界中から入学希望者が大挙たいきょ押し寄せてくることは間違いない。

 こんなことは学長のほうが専門家である、言われるまでもない。


 それでも勇輝を退学にするしかなかったのは、大勢の目の前で大事件をおこされたからだ。

 やりたくてやった処分ではない。


 なにせ大国の皇女殿下がはずかしめられたのだ。「ささいなトラブル」だなんて、他のだれにも言えるわけがない。

 被害者であるマリアテレーズ本人が自分から言いだすしかないセリフなのだ。


「というわけで、明日からはちゃんと登校するのよ」

「そ、そうですか」


 うむを言わさぬ口調で決定されてしまった。

 まあ入学できることになった、という方がヴァレリアに報告しやすい。

 勇輝は救われたのだ。


「それで、ダリアがここに居るのは?」


 話を向けられて、ダリアは立ち上がる。


「私は、この身を一生いっしょう皇女殿下に捧ささげることとなりました」

「えっ」

「この数日間、信じられないほど多くの方々から私たちの助命じょめい嘆願たんがんが寄せられたそうです。

 恐れ多くもマリアテレーズ様まで私たちのことを……」


 ダリアは感極まった表情でグッと目頭めがしらをおさえた。


「だから私は、一生をかけて罪をつぐなうとちかったのです!

 もはやこの身は髪の毛一本にいたるまでマリアテレーズ様のもの。

 いっ生涯しょうがいお仕えする覚悟です!」


 つばを飛ばして力説するダリア。

 もはや他人の意見などどうでも良さそうな勢いだったが、勇輝は返事をする。


「そ、そう。それは、えっと、お幸せに」

「えっ」

「えっ」


 ……どうも話がかみ合っていないようだ。


「えっ、いやだから、『この身を皇女殿下に捧げた』ん……でしょ?」


 数秒の空白の後、ダリアの全身がトマトのように真っ赤にそまった


「そういう意味ではありませんー!!」

「うわあゴメーン!」


 とにかくダリアの処刑は回避された。

 第三騎士団の面々も、末端まったんは上司から強要されただけなので無罪。

 上層の者も情状じょうじょう酌量しゃくりょうの余地があるものは減刑げんけいされる方向になるようだ。


 おそらく戦死した騎士たちが夢の中で語ってくれたからだ。

 彼らが世間せけんあらぶる感情をなだめてくれたのだろう。

 これにて一件落着、めでたしめでたし。


 ……とはならず。学長が口を開いた。


「聖女様、実はもう一件、お話がありまして」

「なんでしょう?」

「……ゴーレムにされてしまった礼拝堂の壁が、穴のあいたままになっているのです」

「あっ」


 魔力切れになったストーンゴーレムたちは、その場で停止したまま放置されていた。


「元通りに直してしただけるんですよね?」

「え、ええもちろん! 大丈夫ですよ!」


 やべえ完全に忘れていた。と顔に書いてある。

 バレバレだ。


「ウーン、あの礼拝堂って、どんなデザインでしたっけ……?」


 適当に言ったそのひと言を聞いて、学園関係者三人の表情は凍りついた。

 このパターン、勇輝は身に覚えがある。

 初日にぶっ壊して大騒ぎになった『国宝』エウフェーミアの石像。


「えっ、まさかあの礼拝堂も国宝だったとかいうんじゃ……」

「い、いえ、国宝ではありません」


 学長がそういうので、勇輝はホッと一安心。

 しかし。


「国宝ではなく、世界遺産です」


 勇輝はひっくり返った。



第二章 完

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