第92話 想いの力

 烈風を叩きつけながら、天馬ペガサス騎士ナイトが駆けてくる。


『ゆくぞォォォ!!』

 

 こう勝負。

 馬の走力に人の腕力を上乗せした横ぎの斬撃がクリムゾンセラフをおそう。


『んなくそーっ!』


 勇輝はたて斬りでそれを受け止める。


 ゴシャアアァァン……!!


 落雷のような轟音ごうおん

 巨大な剣と刀が激突した衝撃で大地がゆれた。


『おっと、また壊されてはかなわんな』


 グスターヴォはあっさりと剣を引く。

 そのかわり今度は至近距離から馬の前脚まえあしね上がってくる。

 クリムゾンセラフはアゴを砕こうとする鋭い蹴りをギリギリで回避した。


『うわっ、たっ!』


 大きく姿勢をくずされ、たまらず空中に逃げる。

 しかしそこにまた風魔法が飛んできた。


『うなれ竜巻ィィィ!!』


 見えない空気のうずがクリムゾンセラフの脚をとらえた。


 グキ、メキ、バキィィッ!


 脚があり得ない方向に曲がってしまう。

 勇輝は激痛に悲鳴をあげた。


『ウアアアアーッ!!』


 翼で大きく間合いをとり、壊れた片足を修復する。


『ハア、ハア、ハア……』


 機体が直れば痛みもなくなる。

 だが、だからといって平気なわけはない。

 痛みの記憶と恐怖で身がすくむ。

 何度も何度も回復させられたせいで、魔力の残量も心配になってきた。


『キツイな……。

 何でもありかよその機兵』

『貴様が言うな、非常識のかたまりが』


 ごもっともな言葉がかえってきた。


『この天馬ペガサスは先代よりたまわりし最高傑作けっさく

 相手がたとえ聖女だろうが天使だろうが、おとるものではないわ!!』


 先代の軍務省長官。

 絵画で見たがなんという名前の人だったか。

 気合のはいりまくったギョロ眼の老人だったのはおぼえている。


『いろいろな想いを背負っているんだな、あんたも』


 先にった先代への想い。

 戦死した息子への想い。

 部下たちへの想い。

 遺族たちへの想い。

 数えきれないほどの想いを背負って戦うから、この老人はすさまじく強い。


『当然だ!

 貴様らごとき若造が戦場を語るな!

 貴様らの知らんことなどまだまだ星の数ほどあるわ!』


 威風堂々いふうどうどうと身構える天馬騎士とグスターヴォ団長。

 そんな強敵にたいして、勇輝はゆっくりと歩いて接近しはじめた。


 遠距離戦で勝ち目はない。

 あの竜巻に羽根吹雪は通用せず、しかもむこうの風魔法はほとんど見えない。


 接近戦だ、それしかない。

 まだ名前すらない新技。

 エウフェーミアの十二天使ですら破壊できるあの技を、どうにか叩き込む以外に勝機はない。

 うまくできればあの天馬ペガサス騎士ナイトですら粉々にできるはずだ。


 勇輝は細心の注意をはらってゆっくりと近づいていく。

 風魔法そのものは見えないが、周囲の砂や葉っぱなどを巻き込んだり、逆に吹き飛ばしたりしながら飛んでくる。

 魔法発動の予備動作さえ見落とさなければ、どうにか反応できるはず。


『しゃらくさいわ!』


 老将が叫ぶ。

 同時に天馬ペガサス騎士ナイトの剣先がざわめく。


(いまだ!)


 クリムゾンセラフはちゅうに舞い上がる。

 直後、立っていた場所を烈風が通りすぎていった。


『ウオーッ!』


 低空飛行でそのまま突っ込む。

 突っ込みながら刀を投げつけた。


『甘いッ!』


 どうということもなく刀ははじかれてしまう。

 だがそれでいい!

 ほんの一瞬だけでもスキができれば!


 クリムゾンセラフは天馬ペガサス騎士ナイトの胴体に鋭いタックルをかました。


『ウリャーッ!』


 しがみつきながら、脚と翼をつかって背中側に回りこむ。


『やけくそか小娘!』

『うるせーっ、こっちだって遊びじゃねーんだ!』


 後ろから抱き着いているクリムゾンセラフは、自身の右手で敵の右腕に触れた。

 そして大量の魔力を流しこむ。

 次の瞬間。


『グッ!?』


 グスターヴォ団長は右腕に奇妙な激痛を感じた。

 四十年の戦歴の中にも存在しない、『内側』から『外側』へ刃物が飛び出してくるような、ありえない痛み。


『ぐわあああっ!』


 老将の悲鳴。

 同時に天馬ペガサス騎士ナイトの右腕がくだけ落ちた。




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