第85話 そして天使は舞い降りる

「さあ立って、逃げるのよ!」


 皇女殿下が懸命けんめいの大声で呼びかける。

 皇女のうしろにはもう壁がない。

 壁の裏側を探索していた少数の敵は、すでにゴーレムたちがぶちのめしている。

 あとは人質のご令嬢たちがこの大穴から逃げるだけだ。


 乙女たちはオドオドとおびえながら立ち上がりだした。

 まだ立てないでいる者もいる。

 もちろん彼女たちは戦場なんて初めてである。

 いざという時の心構えすら出来ていないのは明白だった。


「セアアアッ!」

『ゴーレーム!』


 騎士とゴーレムは乙女たちの周囲ではげしく戦っている。

 騎士たちからすればいきなり出現した敵に完全包囲された戦況。

 混乱の極みにありながら、それでも孤立した一人一人が勇敢ゆうかんに応戦している。

 さすがは地獄の最激戦地を生き残った男たちだ、根性も戦闘力もレベルがちがう。

 だがゴーレムに手いっぱいで人質の管理にまでは手がまわらなくなっている。

 千載一遇せんざいいちぐうのチャンスだ。


 しかし、乙女たちは動けない。


 怖いヤダヤダ怖いヤダ。

 みんな動かないじゃない、だったら私も。

 ジッとしていたらそのうち終らないかしら……?

 もうイヤなの、何もかもイヤなの。

 見たくない聞きたくない考えたくない。

 誰か勝手になんとかして。


 多くの者がそんな甘ったれた気配を出している。

 自分の命すら守ろうとしない。

 誰かが何とかしてくれるのを待っている。

 幼稚。

 無責任。

 口あけてエサ待ってるだけの雛鳥ひなどり。


 だってお嬢様なんだもん。

 かよわいんだもん。


 そんなウジウジメソメソした態度をみて、マリアテレーズ皇女は怒りが爆発した。

 自分の方が偉いのに。

 自分の方が大変だったのに。

 貴女たちは座っていただけじゃない。

 自分はこのバカ娘と一緒にいたせいでとんでもない目にあったのに!


「甘ったれてないでさっさと立ちなさいッこのグズ!!!」


 心底の怒りがこめられた大喝だいかつを一同に叩きつける。

 お嬢様がたはハッと顔色を変えて、ウソのように素早く動いた。


 ザッ!!!

 全員起立!!!


 生まれたその日から今日こんにちまで、身分の上下というものを徹底的に叩き込まれてきた彼女たちである。

 ほんのちょっとしたミスや勘違いで虫けらのようにバカにされる貴族社会。

 皇帝や国王をちょっと批判したら、それだけで処刑されることもある貴族社会。

 そんな世界で育ってきた彼女たちである。

 学内で最も高貴な人物のお叱りは、理屈をこえて魂に響いた。


「走りなさい!

 逃げ遅れた方とは今後いっさい口をきかなくってよ!!!」

「ギャアアアアアアアアアッ!!!」


 乙女たちは悲鳴を上げながら一斉に走り出した。

 敵ではなく皇女殿下のほうを怖がっているような顔だ。


「ま、待て!

 人質を逃がすな!」


 グスターヴォ団長が叫ぶ。

 だが彼もまたストーンゴーレムに襲いかかられた。


『ゴーレェム!』

「この石ころ風情が!」


 グスターヴォは愛剣を抜いて応戦する。

 老いたりとはいえまだ充分実戦レベルの剣技であった。

 だが孫であるダリアをかばいながらなので、どうしても苦戦してしまう。


「ええい、外の者を呼べ!

 手の空いている者は全員礼拝堂に急行せよ!」


 通信使にむかって老将は叫ぶ。

 だが、第三騎士団にとってさらなる災難が襲いかかっていた。


「団長殿! たったいま正門が第一騎士団によって攻撃を受けていると!

 い、いえ、さらに追加!

 裏門も遊撃隊によって攻められています!」

「なにい!?」


 礼拝堂と表裏両門の三カ所同時攻撃。

 通信網は遮断しゃだんしていたのに。

 なぜこれほど完璧にタイミングを合わせられた。


「これも貴様の仕業か、小娘!」


 老将が勇輝にむかってえると、紅瞳の聖女はニカっと笑ってVサインをかえした。


「ぐぬぬ……!」


 人質となっていたお嬢様たちは皇女の大喝によって恐慌パニック状態におちいり、もはや騒ぎを止めようもない。

 そもそも止めるための手勢がゴーレムによって妨害されている。

 もはや彼女たちは手札てふだとして使えない。


「皇女だけでも、皇女だけでも捕えろ!

 そこからまだ巻き返せる!」

「はいッ」


 騎士が一人、ゴーレムの攻撃をかいくぐってマリアテレーズ殿下にせまった。


「ヒッ!」


 恐怖のあまり身をこわばらせ、目を閉じてしまう皇女殿下。

 だが。


 ひゅっ。


 皇女が目を閉じていたわずかな時間、ほんの一瞬のあいだに小さな風切り音が鳴った。


 どさっ。


 床に何かが落ちるような音がしたので皇女殿下はおそるおそる目を開ける。

 するとそこには自分を襲おうとした男が倒れていた。


「ご無事ですか殿下」


 いつの間にかメイドのカミラが抜刀ばっとうして立ちふさがっていた。

 彼女の剣技を見た男たちは、警戒してうかつに近づけなくなる。


「おー怖い、思ったとおりだ」


 勇輝が冷やかすとカミラは気まずそうに否定する。


「怖いのはこの剣の切れ味のほうです」

「えー? そうなの?」


 ヘラヘラ笑いながら勇輝は自分があけた大穴から外へ出た。

 マリアテレーズ殿下とカミラもあとに続く。






 外には敵の小型守護機兵『兵卒ソルダート』が待ちかまえていた。

 大きさは五メートルほどだろうか。

 二足歩行のシンプルな守護機兵だ。

 小さいため市街戦に適しており、人間と同じく手先が器用でさまざまな武器を使うことができる。

 地味だがつかいやすく、しかも安く作れるという名機である。


 数は十機。

 三方同時作戦で数をへらしたはずだが、それでもゼロというわけにはいかなかったようだ。

 礼拝堂から無事脱出したお嬢様たちだったが、今度は十機の巨人に行く手をはばまれて立ち往生おうじょうしてしまう。


「ど、ど、どうするのよ貴女!」


 皇女殿下がヒステリックに詰め寄る。


「んー、思ってたよりもちょっと遅いかなー」

「なにがよ!」

「援軍」


 そういって勇輝が空をながめていると、ちょうど三体の巨大な影が真上に到着した。


『ユウキ様、会いたかったです』

「俺もだよセラ」


 特に大きな一体が、翼をはためかせながら舞い降りてくる。

 それは、紅い鎧を着た天使。

 聖女の愛機にして代名詞、地上に存在する唯一の熾天使セラフ型守護機兵。

《クリムゾンセラフ》の到着だ。


「さあ始まるぜェ、人間同士の機兵ファイトがよォ!?」

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