聖女×ロボット×ファンタジー！ 死にたくなければモノ作れ、ものづくり魔法が世界をすくう！

第82話 ダリアは弔花（ちょうか）になりたくない

　マリアテレーズ皇女殿下が行方不明になって数時間。

　つまり第三騎士団による学園襲撃事件から数時間とちょっとが経過した。

　礼拝堂に集められたままのお嬢様がたには、厨房（キッチン）で作られた軽食がくばられていた。

　生粋（きっすい）の貴族令嬢たちの中には、

「こんな所で食事だなんて……」

　と不満をもらす者もいる。

　しかし不満を言えるならまだ良いほうで、はやくもゲッソリと衰弱（すいじゃく）している者、目に涙を浮かべている者もいる。

（ごめんなさい皆さん）

　第三騎士団長の孫娘、ダリア・バルバーリは心の中で謝罪した。

　ダリアも騎士たちの中では『お姫様』としてあつかわれる程度の身分ではある。

　しかし本物のお姫様がたの『か弱さ』は、ダリアの予想をも超えるものだった。

　日ごろはえらそうに自慢話ばかりしてふんぞり返っているくせに、今や枯（か）れかけた生け花のように萎（しお）れている。

　まさかここまで温室育ちが圧力に弱いとは。

　ざまあみろ、とは思えなかった。

（このままでは皆さんがもたない）

　お嬢様がたが心労（しんろう）で倒れる前にさっさと交渉をまとめてしまいたい。

　しかしヴァレリア・ベルモンド枢機卿（すうききょう）の余裕を見てはそう上手くいかないようだ。

　かなりの長期戦を覚悟しなければいけないだろう。

（せめてマリアテレーズ様さえ見つかっていれば、もっと交渉もはかどるのに）

《白い城（ヴァイス・シュロス）》の地下には、たしかに隠し部屋があった。

　しかしそこからさらに脱出用の通路まであるとは、ダリアは知らなかったのである。

　かつて一度だけ、ちょっとした縁（えん）にめぐまれてマリアテレーズ殿下のお茶会に招待されたことがあった。

　その時、殿下の側近ぶっている『ご学友』の方から、

『ご存じないでしょう、この《白い城（ヴァイス・シュロス）》には秘密の部屋がありましてよ？』

　などと、まるで自分の手柄（てがら）であるかのように自慢されたのだが。

（まったく、中途半端な情報でいばらないで下さい！）

　得意げにダリアに語った『ご学友』は、いま礼拝堂で萎（しお）れた花になっている。

　ダリアの刺すような視線には全然気付いていない。

　ある意味幸せなひとだ。

　それはさておき。

　脱出用通路は、外壁の北西部分につながっていた。

　すぐそばに学園の外へ出られる小さな裏口がある。

　きっとそのまま外へ出ようと思ったことだろう。

　だが第三騎士団はそこにも見張りの騎士を配備していた。逃げられない。

　だから皇女殿下はきっとまだ学園内にいらっしゃるはずだ。

（あの聖女様が……、あの奇妙な人さえいなければ！）

　マリアテレーズ皇女殿下の身柄を拘束すること。

　それが作戦の要（かなめ）だった。

　あと少しで拘束できたところを、紅瞳の聖女が妨害してきたのだという。

　今も二人一緒に行動していると考えていいだろう。

（あんなヒドイ事件をおこしたばかりなのに、どうして一緒に？）

　考えてみても仕方がない。

　聖女が皇女を守っている。

　それが現実なのだ。

（お父様、私たちをお導（みちび）きください）

　ダリアは父に作戦の成功を祈った。　

　奇（く）しくもここは礼拝堂である。　

（お爺様の悲願をかなえさせて下さい。

　世界平和の願いを。

　お父様とお爺様が目指した世界の実現を）

　あの魔王戦役の夜も、ダリアは他の生徒たちとともにこの礼拝堂にいた。

　この場で祈りをささげ、皆と一緒に天使の降臨を見とどける。

　父の戦死を知ったのは翌朝（よくあさ）のことだ。

　第三騎士団の担当する東地区は最大の激戦地であったとも聞かされた。

　ダリアの父、ジャン・バルバーリは誰よりも立派に戦ったと。

　騎士の誉（ほま）れであると。

　第三騎士団の者たちは、誰もが父を称（たた）えた。

　全ての人からあまりにも誉（ほ）め称（たた）えられるので、ダリアは父の墓前でも泣くことができなかった。

　葬儀（そうぎ）を終えた時のおかしな感覚を、彼女は今でもおぼえている。

　まるで『あなたのお父様は素敵な死に方をしましたね、おめでとうございます！』と言われているような。

　そりゃもちろん『くだらない死に方をしたね』と言われるよりは良いけれど。

　なにかが、違うような。

　しかし祖父まで同じようなことを言うので、ダリアもそういうものかと思うしかなかったのである。

　聖都を救った聖女が力つきてまだ眠っているころから、祖父グスターヴォは大遠征計画の草案を練りはじめていた。

『せがれの死を無駄にはできんからの。

　悪魔（ディアブル）が減った今こそ、最大の好機なのだ』

　そう言って笑っていた祖父が、まるで活火山のように噴火をくり返すまでに時間はかからなかった。

『政治家という連中は何もわかっておらん！

　金など後からどうとでもすればいいのだ！』

　悪魔（ディアブル）が減れば民衆の心は楽になる。

　心が楽になれば悪魔（ディアブル）はそもそも発生しずらくなる。

　そうなれば今以上に外国との往来（おうらい）は簡単になる。

　だったら金もうけだってやりやすくなるだろう。

　それがグスターヴォの理屈。

　ダリアとしても、正しいことしか言っていないように思える。

　もしかして細かな計算をしたら無理なのかもしれないけれど、平和のためなら、ちょっとの無理くらい。

（これは平和のため。

　お爺さまのため。

　お父様のため……。

　私たちは、たとえ悪名を残そうと使命をはたさなくては）

　ダリアは強く自分に言い聞かせた。

　言い聞かせないと、目の前で苦しんでいる女生徒たちを直視できないから。

　しかし言い聞かせないといけない時点で、本来おかしいのだ。

　これが本当に自分の進むべき道なのか？

　迷っているからわざわざ自分に言い聞かせたりする必要がある。

（お父様……。

　私は、ダリアは、本当は。

　お父様がお亡くなりになったことを、ただ心静かに泣きたいだけなのです）

「団長！　グスターヴォ団長殿！」

　騎士の一人が大声を出したので、ダリアの心は現実に引き戻された。

「皇女殿下が！

　聖女も共に！」

　グスターヴォ団長は大声でかえした。

「どうした、発見したか！」

「は、はい、あの」

「はっきりせんか！

　二人はどこにいる！」

「は、はいっ！

　あの、その……」

　男はしどろもどろになりながら答えた。

「お二人は、こっ、ここに！！」

　男が言い終えるのと同時に、礼拝堂の正面入り口が開け放たれた。

　バアアン！

　派手な音をたてて開かれる大扉。

　まぶしい陽光が扉の奥を照らしている。

　その陽光の彼方（かなた）から、皇女と聖女は二人並んで入ってきた。