第73話 暴走をはじめた正義

「動くなよ!

 動くとつまらんケガをするぞ!」


 下級騎士は声と刃物でおどかしながら間合いを詰めてくる。

 問答無用とか言っていたが、命までとる気はないようだ。


 なら、こちらも手加減しないといけない。


 勇輝はちょうど良いくらいの攻撃手段を考えて数秒。

 足元に魔力を流して地面を変化させた。


 ゴゴゴゴ……!


 小さな地響きが周囲を振動させる。

 地面から身長とおなじくらい大きな鉄球があらわれた。


「そら、こいつをくれてやる!」


 勇輝はその鉄球を男にむかって押した。


 ゴロ、ゴロ、ゴロ、ゴロ……。


「ハッ、当たるかそんなもの!」


 ゆっくりとせまる鉄球を、男は当然のようにサイドステップでかわす。

 直後、鉄球の側面から何かが飛び出して男を捕らえた!


「なにぃ!?」


 鎖でできたあみだった。

 網はまるで生き物のようにうごめき、彼の肉体にからみつく。

 男はがんじがらめになって動けなくなった。


「フフン、二段仕掛けとは思わなかったろ?」


 勇輝は勝ち誇り、そして鉄球を今度は集団の方へと転がした。


 ゴロ、ゴロ、ゴロ、ゴロ……。


「ち、近づくな、間合いを取れ!」


 隊長格の男が叫ぶ。

 命令にしたがって男たちが一斉に離れる。

 勇輝は鉄球を盾にして走り、皇女殿下を保護、というか監禁している鳥籠とりかごまでたどりつく。


 グニャリ、と鳥籠の一部がひらいて勇輝を中にまねき入れた。


 中にいるマリアテレーズ殿下に軽くあいさつ。


「おじゃまします」

「え、ええ……!?」


 皇女殿下は目まぐるしい展開にとてもついていけない様子だ。

 へたに騒がないでいてくれるのは非常に助かる。


「おい、うまく身を守ったつもりかもしれんが、どこにも逃げられんぞ!」


 男たちは素早く、しかし用心深く遠巻きに勇輝たちのいる鳥籠を包囲した。

 だが勇輝は不敵に笑う。


「そうでもないんだな、これが」


 足からさらに魔力を流し、勇輝は鳥籠を変形させる。


「お前ら、生で見るのは初めてだろう。

 聖女オレの魔法は、もっともっと面白いんだぜ!」


 鳥籠のてっぺんから前後左右に、合計四枚の羽根がはえた。

 そして勇輝たちの背中側にも風車のような部品が追加される。


「すげえだろ、ヘリコプターっていうんだ!」


 羽根が高速で回転をはじめる。


「クッ、総員油断するな!」


 周囲の男たちはいつ何が飛んできてもいいよう、防御姿勢で敵の様子をうかがう。

 この時、何も考えずに飛びかかって押さえつけていれば、次に発生する事態はふせげた。

 しかしそれを要求するのは結果論にすぎるだろう。

 聖女が作り出した「へりこぷたー」とかいう珍妙な物体は、男たちの予想をはるかに超える動きを見せた。


 かなりの強風と轟音をまき散らしながら、二人の美女をのせた鳥籠が空中に浮かび上がる。


 男たちは目を丸くして言葉を失った。


「わあー浮いた浮いた、ちゃんと浮いたよ!」

「ちゃんとってどういう意味!?」


 皇女殿下がツッコミを入れる。

 まあ高貴な身分のお方がツッコミなんて言葉は知らないだろうけども。


「いやあ、これ生まれて初めて作ったもんで」


 殿下の顔からサーっと血の気が失せた。

 不安感にドキドキしながら下を見る。

 鳥籠コプターは、すでに落ちたら確実に死ぬ高さまで上昇していた。


「イ、イヤーッ!

 今すぐここから出して!

 誰か助けてーっ!」

「アハハ、そんな大げさな。

 大丈夫ですよ、セラだってよく分かんないけど空飛ぶし」

「イヤァァァ!!」


 奇妙きみょう奇天烈きてれつな物体にのせられて、さらわれていく皇女。

 男たちは走っておいかけたが空と陸でおいかけっこは無理がある。

 一分もしないうちに建物にさえぎられ、姿を見失ってしまった。





「姿を見失っただと、この馬鹿者が!」


 老人は部下の失態を容赦ようしゃなくののしった。


「だが赤眼の小娘が皇女のそばにいただと……?

 なぜだ、ことが露見ろけんしていたとしても対応があまりに中途半端だ」


 イライラしながらつぶやいているのは、聖騎士団第三騎士団長、グスターヴォ・バルバーリである。

 騎士団長が居るのは学園の学長室。

 彼はいま、第三騎士団の兵力をもってこの「聖エウフェーミア女学園」を武力占拠したところであった。


 兵数500。

 機兵30。


 それらの戦力をもって、有名貴族や豪商たちのご令嬢たちを拘束、監禁し終えたところであった。

 いや正確にはまだ終えていない。

 よりにもよって一番身分の高いマリアテレーズ皇女殿下を捕らえそこなっているからだ。


 今、りょう住まいの子女たちは部屋から出ることを固く禁じ、外部から通学している生徒はすべて礼拝堂に閉じ込めている。


 現役バリバリの実戦部隊によるこの信じがたい暴挙ぼうきょ

 どう取りつくろっても言いのがれようのない武力テロ行為である。

 べつに高貴な家柄の女たちが欲しいからこんな行為におよんだのではない。

 彼らはもっと政治的な決断を政庁にせまるため、こんなことを始めたのだった。


 その目的とは先日ヴァレリアに提出して却下された案。

 世界各地の悪魔ディアブルを絶滅させる大遠征計画を実現させること。


 こんな大罪を犯した以上、彼らは遠征どころか聖都から出られず死刑になるだろう。

 それでも良い、と彼らは考えている。

 世界平和のためならば命も惜しくないと、そこまで思い詰めているのだ。


「おじいさま」


 緑色の髪をした男装の美少女が、グスターヴォ団長をそう呼んだ。


「おおダリア、どうした」


 朝から晩までいかめしい顔をしている老将が、わずかに顔をほころばせる。

 騎士道一筋数十年の老将でも、さすがに孫娘は可愛いのだ。

 しかしその孫娘が重大な情報を伝えてくれたので、老将はやはり厳しい顔になった。


「マリアテレーズ様の居所に心あたりがあります」

「まことか!」

「はい、しかし……」


 ダリアと呼ばれた少女は、不安そうに祖父を見上げる。


「本当に、みなさんには危害を加えないと約束してくれるのですね?」

「ああ、もちろんだ。

 神に誓ちかってこれ以上のことはせぬ」


 ダリアはうなずき、マリアテレーズがかくれていると予想される場所を教えた。


「すまぬな。

 おまえも生徒たちの中に戻りなさい。

 これ以上わしらのそばにいると、おまえにも後で害がおよぶ」

「いいえ、私も最後までおともします」

「ダリア!」


 祖父はしかったが、孫娘はまっすぐ祖父の目を見つめつづける。


「私も騎士の娘。

 平和のためにこの身をささげる覚悟はできております。

 お爺さまと、今は亡きお父さまと共に、私も戦いたいのです」


 にごりのないんだ瞳で乙女は決意をのべる。

 いま第三騎士団がやっていることは、まぎれもなく重大な犯罪行為である。

 だがそれでも、彼らは彼らなりの正義の心にしたがって行動していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る