第59話 魔王の穴はサッカーで埋める

 いろいろな意味ですさまじい戦闘が終わって、勇輝は聖都へ戻ってきた。

 わずかな時間だけ仮眠をとり、すぐ朝をむかえる。


「ふあ~あ!」


 ムダにでかいベッドの上で大あくびを一つ。

 すっかり寝不足だ。


 昨夜、とてつもないレベルの戦争があったなどと、世界の内側にいる人々は思いもよらないだろう。

 世の中には知らなくてもよい事というのがあるのだ。

 あんな凶悪なものを見てしまったら、また魔王ディアボロスの材料が溜まってしまう。


だまっておいたほうが良いんだろうな」


 まあヴァレリアくらい落ち着いた人になら言ってもいいかもしれない。

 機会があったら聖女伝説の実態がどんなものか話しておこう。

 ベッドの上であぐらをかいてそんなことを考えていると、部屋のドアがノックされた。


「ユウキ様~、ジゼルです~!」

「はーい! どうぞー!」


 勇輝が住まわせてもらっている客間はムダに広いので、おたがい大声で言わないと届かない。


「失礼します~!」


 入ってきたのはベルモンド家の新人メイド、ジゼルだ。


「ユウキ様~、きょうは『さっかあ』の決勝戦の日ですよ~!」


 ジゼルは今日の天気と同じくらい晴れやかな笑顔でそう言った。


『さっかあ』とはもちろん勇輝の生まれた世界にあったスポーツ、『サッカー』のことである。

 とある事情により勇輝が住民たちに教え、大会まで開いているのだ。

 幸い住民たちはこの新しい娯楽ごらくを気に入ってくれた。

 今日は大会の決勝戦。

 天気は快晴。絶好の試合日和びよりだ。

 きっと熱い一日になるだろう。




紳士しんし淑女しゅくじょの皆さまお待たせいたしました!

 それでは「クリムゾンセラフ杯サッカー大会、決勝戦の開始です!』


 ウワアアアアアアアアッ!!


 大歓声が会場をつつみこむ。

 はじめは百人も集められなかった新遊戯ゆうぎサッカーであったが、今では努力の甲斐かいあって千をはるかにこえる集客力をえた。 

 選手と観客が一体となって興奮し、会場を盛り上げる。

 勇輝の計画はどうやらうまくいきそうだ。


 さてその「計画」とやらの内容。これを説明しないとはじまらない。

 なにを隠そうこのサッカー大会会場、あの魔王ディアボロスが噴き出してきた大穴を埋め立てた場所にある。


 ――この場所だけ人が怖がって近寄らず、復興作業がちっとも進まないのです! 何とかしていただけませんでしょうか!?


 土地の所有者がベルモンドていにやってきて、そんなお願いをしてきたのが事のはじまり。

 なるほど、魔王の生まれた穴なんて不気味な場所、普通の人間は近寄りたいわけがない。


 魔王ディアボロスが敵ではなかったと知っているのは、聖女である勇輝と、一緒にいた遊撃隊のメンバーと、あとはごく一部のお偉いさんたちだけ。

 一般人たちにとっては今でも悪魔ディアブルの王様という認識なのだ。

 その王様が居た場所の復興なんて。

 きっと悪魔の呪いで殺される。

 こんな風に考える人間ばかりだった。

 いくら賃金ちんぎんを上げても誰もやりたがらず、こまりにこまって神だのみ、ならぬ聖女だのみにすがるしかない。

 というのが、地主さんのお願いだった。


「わかりました、なんとかします」


 と勇輝は言うしかなかった。これも聖女の役目だろう。

 あの大穴は、本当にただ大きいだけの穴だ。

 呪いなんかまったく存在しない。

 だが心の底から呪いなんかないと信じていて、何も仕事をしていないヒマ人というのは勇輝しかいない。

 それに聖女が何とかした、とうわさになれば怖がる人も減るだろう。

 こうして勇輝の復興計画ははじまった。


 愛機クリムゾンセラフを使って、瓦礫がれきの山をかき集める。

 その山を魔法で砂に変えて、埋め立てに使う。

 瓦礫がれきの山なんてそこいらじゅうにいくらでもある。


 まわりで新しい家を建てている建築屋さんたちも、土地を何もない更地さらちにしなければ工事を始められないので、瓦礫がれきを持って行ってくれる勇輝はむしろ感謝された。


 わずか数日で穴はふさがった。

 物質を自在に加工できる勇輝の魔法と、クリムゾンセラフの大出力パワーがあってこその超絶スピードである。

 これでめでたしめでたし。


 ……と思ったが、数日後。

 ふさいだ穴がベコベコにへこんでいると、地主さんから苦情が来た。

 現地に行ってみるとたしかに埋め立てた土地が陥没かんぼつしている。

 土砂をブチ込んだだけではダメだったのだ、上からたっぷり重圧をかけて圧縮あっしゅくしなくては、再利用できる土地にはならない。

 埋めて、固めて、また埋めて、固めて……。

 相当に手間をかけなければ、この仕事は終わらない。


 この時、勇輝は元いた世界でのことを思い出した。

 無料の動画サイトでこんな時のことを視たことがある。

 大型重機とかない時代、こんな感じのゆる地盤じばんを固める時には、人間が大勢で踏み固めたのだ。

 その時に民謡みんようを歌いながらやったり、中には踊りを踊ったりもしたらしい。

 それ、この大穴工事にも使えるのではないだろうかと、勇輝は考えた。


 イベントをやるのだ。


 ブチ込んだ土砂を踏み固め、同時にこの土地は呪われてなんかいないと証明するための、楽しいイベントを。


 それはなんだろうか?


 すぐに思いついた。

 サッカーだ。あれがいい。

 どうせ初心者しかいない、ルールは大まかでいいだろう。

 足だけでボールを奪いあい敵のゴールに押し込む。

 シンプルでやるほうも見るほうも楽しさが分かりやすく、それでいてメッチャ熱いあの戦いの良さは、きっと聖都の人たちにも伝わるはずだ。


 選手はフィールド上をあますところなく走り回る。

 観客はその場で興奮し、足ぶみや跳びはねたりする。

 土地は広い。ピッチから観客席まで十分用意できる。

 地面を踏み固めるにはピッタリの選択だ。

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