お嬢様学校でスローライフ!……できるような性格じゃなかった

第57話 エウフェーミアの十二天使

 世界を外側から見てみると、さすがは魔法の世界、という光景がひろがっていた。


 とんでもなく大きくてまん丸い空気のかたまりに、巨大な島がプカリと浮いている。

 島からはたえず水が流れ落ちていて、それが「まん丸い玉」の底にたまると、天井まで登っていって雨として降ってくる。


 それがこの世界。


 地球にくらべるとかなり小さいようだ。

 おそらく地表面積は地中海周辺、つまりヨーロッパ、中東、北アフリカくらいしかない。

 とはいえ人類にとって広大なことに違いはなく、世界のはじからはじまで踏破とうはした者など数えるほどしかいないだろう。


「キレーなもんだなー」


 じつに大ざっぱな賛辞さんじおくる相沢勇輝。

 愛機クリムゾンセラフに乗って、いまは宇宙空間で動きまわる練習中だ。


 ここは世界の東のはて。

 勇輝のオリジナル体である聖エウフェーミアの領域である。


 今、勇輝はエウフェーミアにまねかれて、彼女の仕事ぶりを見学させてもらっているところだった。


『ホント、いつ見てもキラキラしてて、素敵よねえ?』

「あっ、う、うん」


 話しかけてきたのは変なオカマ口調の天使型ロボット。

 クリムゾンセラフと同じ熾天使セラフタイプの白い機体。

 エウフェーミアの十二天使・その四番、『アプリーレ』だ。

 ちなみに人間が中に乗っているわけではない。

 完全な無人機だ。


 エウフェーミアはその強大な魔力によって、同時に十二体もの熾天使セラフタイプをあやつって戦うことができる。 

 実に勇輝の十二倍以上の力があるということだ。

 だがさすがに十二体も自由自在に動かすというのは現実的ではない。

 魔力の量はあまるほどあるが、同時に動かすのが大変すぎて無理なのだ。


 だからそれぞれの機体に自由意志、つまり人工知能をんである。

 これによって十二体それぞれが自己判断し、千変万化せんぺんばんかする戦況に対応している。

 これが伝説の聖女がほこる必勝戦術!

 ……のはずなのだが。


『もうユウキちゃんったら、カタイカタイ!

 もしかしてキンチョーしちゃってるのん?』

「いっ、いや? 

 そ、そうういうわけじゃないんだけど?」 


 どうも、彼らのノリがイメージと違う。

 神聖でもなければ組織的でもない。

 世界最強の英雄たちのはずだが、ちっとも軍隊的でない。


『はじめての宇宙飛行だものね、緊張して当然だよ』


 反対側から別の天使が近づいてきた。

 薄緑うすみどり色の熾天使セラフタイプ。

 同じくエウフェーミアの十二天使・その八番、『オクタウィアヌス』だ。


『大丈夫だよ、なにかあっても僕たちがかならず守ってあげるから』

「う、うん、どうも」


 なんかこう、優しすぎて違和感がすごい。

 こんなんでこいつら戦えるのか?

 それとも戦いになると人格が変わるのか?

 よく分からない。

 とても気をつかってもらっているのは確かだけど。


 クリムゾンセラフは二体の天使にみちびかれて、宇宙飛行の練習をつづける。

 そのまま一時間ほどたっただろうか。

 宇宙空間での飛行になれてきたころ、勇輝たち三体は残り十体とそのご主人様、聖エウフェーミアが待つ宙域へと戻ってきた。


「フフッ、お空の散歩にはなれたかしら、おてんば姫様?」


 聖女様はなんと生身で宇宙空間に立っている。

 なんというかもう、色々と常識が通用しない光景だ。

 すごい魔法でなんか色々とやっているんだろう。よくわからんけど色々と。


 勇輝は深く考えないことにした。

 あれはそういう特殊な生き物なのだ。

 うっかり真似なんかしたら世にもマヌケな死をむかえることになるだろう。


『フム、しかしエフィに妹ができるとはな、長生きはしてみるものだ』


 えらそうな態度で腕組みをしているのは鮮血のように赤い天使。

 第七天使『ユリウス』。


『これもまた天の導きでしょう……』


 そう言って手を組み、祈りをささげるのは紫色の天使。

 第二天使『フェブライオ』。


 一体一体それぞれ特技も性格もちがうそうで、なかなか覚えるのが大変だ。

 今日は何体紹介してもらっただろう。

 四体……? いや五体だったか……?

 勇輝は人の名前をおぼえるのが苦手だ。

 じゃあ僕はだーれだ? とか聞かれると、かなりマズイ状況。


「えーっと、今日のところは顔見せだけして終わりなのかな……?」


 勇輝のやる気ないひと言を、エウフェーミアはとがめた。


「なにを言うの。

 これからが本番なのよ。

 あなたも聖女なのだから、私たちの戦いを見ておきなさい」

「え、戦い?」


 そうよ、とうなずき、エウフェーミアは宇宙の彼方かなたを指さした。


「あなたもちょっとは変だと思ったでしょ?

 なぜ私が自分で魔王ディアボロスを救いに行かず、あなたを作ったのか」


 聖女が指さした方向。

 はるか彼方から、邪悪な気配が接近してくるのを感じた。

 何かがうごめきながら向かってくる。

 巨大な、とてつもなく巨大な何かだ。


「本当は自分で行きたかったけど、行けなかったのよ。

 この十年くらい、私たちは『あいつ』と戦いを続けているの」


 パッと見、そいつはウネウネとうごめく触手のはえた、グロテスクな赤黒い肉塊だった。

 だが近づいてくる姿をよく見てみると、触手に見えたものが実はドラゴンの頭であると気づく。

 ドラゴンの頭は、見えている部分だけで数十はある。


「あ、あんなんどうすんだ!?」


 無理にファンタジー系の魔物に当てはめるとしたら、ヒュドラが一番近いだろう。

 超巨大なドラゴンの球形集合体。

 頭の色も様々だ。赤いもの、青いもの、黒いもの、黄色いもの……。

 お約束どおりなら、攻撃の種類も弱点の属性もちがうだろう。

 多様性に優れた……というかグッチャグチャのドッロドロに混ざりあって悪魔合体失敗したような、超巨大ドラゴンの山。

 戦うまでもなく、人間の手には負えない化け物だということがわかる。


魔王ディアボロスって、人型だけじゃなかったのか!」

「ちがうわよ、あれは悪魔ディアブル


 エウフェーミアは出来の悪い妹をジロリとにらんだ。


「魔王と悪魔の違いは大きさじゃなくて、元となった感情。

 天使たちに教えてもらったじゃないの」

「ああ、そうだったね」


 魔王ディアボロスは悲しみと苦しみの感情が集まったもの。

 悪魔ディアブルは怒りや憎しみの感情が集まったもの。


「じゃあ、目の前にいるあいつは」

「どこか別の世界をほろぼして、次の目標にここを見つけてしまった悪魔ディアブルよ」

「別の世界!?」


 思いもよらぬ話が出てきて、勇輝はただ驚くしかない。

 本物の聖女にあたえられている使命は、壮大さの次元がちがった。


「あなたを他の世界から招待したように、この宇宙には他の世界が数えきれないほど存在しているの。

 そこにも人がいて、人がいるから魔王も悪魔もいる。

 だけどすべての世界で人類が勝ち続けるというわけには、いかないのよ」

「……じゃああいつを生みだした世界は、もう?」


 エウフェーミアは重々しくうなずく。

 勇輝はあらためてドラゴンの巨塊を見つめた。

 いったいどれほどひどい出来事があれば、ここまでひどい悪魔ディアブルが生まれてしまうというのだろう。


 もはや何があったか確認するすべはない。

 その世界はみずからが生みだした悪魔ディアブルによって滅亡してしまったのだ。


「これ以上ひどいことはさせないわ。

 わたしたちの世界はかならず守ってみせる。

 ユウキはここで見ていなさい、私のそばから離れてはだめよ」


 紅瞳の聖女は両手を広げ、十二体の使徒にお願いした。


「みんなお願い。

 くれぐれも無理はしないでね」


 あるじのために、十二体の熾天使セラフタイプが一斉に動き出した。

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