第56話 紅き瞳をたぎらせ、そして蒼天に誓う
何もない宇宙空間のような場所を勇輝はただよっていた。
大地も空もなく、ただ
この場所にはなんとなく覚えがあった。
おそらく一度死んだときに来た場所だ。
「もしかして、俺はまた死んだのかな?」
ただその場をただよいながら、勇輝はひとり言をつぶやいた。
「そーいやリカルドのおっさんにこれ以上は死ぬって言われたっけな……」
頭をかきながら、ちょっと反省する。
ところが、その想像はあっさり否定された。
「いいえ、あなたはちゃんと生きているわよ」
「ぬわあっ!?」
うしろからいきなり声をかけられて勇輝は飛び上がりそうになった。
もっとも飛び上がろうにも、
「ふふ、久しぶり、というほど時間はたっていないかしら?」
いきなり後ろに現れて勇輝をおどかしたのは、ものすごい美女だった。
ルビーのように輝く
それは一見、勇輝とまったく
「あ、あんたは!」
ふたたび驚く勇輝に、彼女は美しい微笑みをむける。
「あんたは聖、聖……えっと」
「………………」
「ごめん、名前なんだっけ?」
美女は地面もないのにコケた。
「エウフェーミアよ! あなたいくら何でも失礼すぎない!?」
彼女――紅瞳の聖女エウフェーミアは、むきになって怒り出した。
「いやー昔っから人の名前おぼえるの苦手なんだよー。
顔は忘れないんだけどね」
ヘラヘラ笑ってごまかす勇輝のことを、聖女は腕組みしてにらみつける。
「まったく、せっかくちゃんと働いてくれたご
やめにしようかしら」
「え、ご褒美、なになに?」
「もう知らないっ」
機嫌を
「やだなあ、機嫌なおしてよお。
色々聴きたいこともあるんだからさ」
素早く横に回り、なれなれしく
先日調子に乗ってクラリーチェに投げ飛ばされたことは、もうきれいさっぱり忘れ去っている。
「なによ」
「んん?」
「聴きたいことって、なにかしら?」
「ああ、うん」
勇輝は
「どうして俺を聖女にえらんだんだ?
俺は男で、異世界人で、自慢じゃねえが全然まじめじゃない男だぞ。
どうして俺なんかを二代目聖女の魂にえらんだんだ?」
「それはね、人に頼まれたからよ」
「頼まれたあ?」
思いもよらぬ話だった。
男を聖女にして下さいなんて、そんなわけの分からんお願いをする人物がこっちの世界にはいるのか。
「そうよ、どうしてもあなたにしてくれって。
なんにも良い思いをしないで死んでしまったあなたに、もう一度生きるチャンスを下さいって。
それはもう一生懸命お願いされたのよ」
「……えっ」
そんなことをお願いするような人が、はたして自分の知り合いにいるだろうか。
いや一人だけいる。
正しくは、いた。過去に。
でも。
「話の順番がめちゃくちゃになっちゃったわね。
でもまあ、あなたは小さいことなんて気にしないでしょう?」
エウフェーミアは手前にそっと手を差し出した。
するとそちらに大きな鋼鉄の身体をした天使の一団があらわれた。
クリムゾンセラフと同じ、
色違いの兄弟機が、全部で十二体。
「お、俺のと同じのが、こんなにいっぱい!?」
「この子たちの紹介はまた今度にね。
ご
十二の機兵は
「光栄に思いなさいよ、めったにしないスペシャルボーナスなんだからね」
トンネルの向こうから現れたその人物は、たしかに勇輝のよく知る人物だった。
彼女は片足を引きずって歩いてくる。
そう勇輝が中学に上がる頃から、足がしびれると言い出して片足を引きずるようになったのだった。
相手は勇輝の顔を見て、ちょっと
それもそのはず。
彼女とお別れをした時、勇輝は男の子だったのだ。
それがこんな美少女になってしまっていたら、困惑するのも当然だ。
「俺、勇輝だよ、ばあちゃん」
困惑顔だった勇輝の祖母は、はにかんだ笑顔でこたえた。
「そんな可愛らしい声で呼ばれると、何だかくすぐったいね」
そのまま二人はだまって見つめ合う。
なにか話そうとは思うのだが、うまく言葉にならない。
様々な思いが勇輝の脳裏をよぎる。
祖母が死んでからのさびしく
不幸な事故にあって死んでしまった時のこと。
ベルモンド家に来てからのあわただしくも楽しい日々のこと。
勇気をふりしぼって
何もかも話したかったが、でもそのどれもがこんな時にするような話には思えなくて。
だから口をついて出てきた言葉はみょうに事務的な、使命をやり
「俺やったよ、仕事を全部終わらせてきた」
そうだね、と祖母はやわらかくうなずく。
「俺すごいんだぜ、魔法使いになったんだ。
手でさわると何でもグニャグニャ思い通りに変形させられてさ。
その力で悪い奴らを全部ぶちのめしてやった。
敵もすげえ強かったけど負けなかった。
本当はメチャクチャ怖かったけど、でも俺、逃げなかった」
「ああ、見とったよ」
祖母は目に涙を浮かべて何度もうなずく。
「上から全部見とった。
全部聞いとった。
お前が下から空を見上げていた時、私もお前を見つめていたんよ……」
涙をあふれさせながら、しわだらけの両手で勇輝の
その温かさに、勇輝の両目からも涙があふれ出した。
「よう頑張ったね」
「うん」
「本当に、よく……!」
お
永遠に失ったはずの温もりの中で、勇輝は声を出して嬉し涙をこぼし続ける。
本当に思いもかけない、素晴らしい
目を覚ますと、目前には覚えのあるベッドの
ここは勇輝が貸し与えられているベルモンド家の客室だ。
「夢……。
じゃなかったよな、きっと」
よっと気合を込めて起き上がると、すぐ横から女の悲鳴があがった。
「聖女様!?」
「は?」
横を向けばそこにはなぜかメイド服を着たジゼルが立っていた。
「なんでそんな格好でここに……ぶっ!」
ジゼルの大きな胸に抱きしめられて、勇輝は顔面を
「よかった、もう一生おきないんじゃないかって心配したんですよ!」
「はんごはがぎがごほげ(何の話だよそれ)!?」
苦しいと感じるべきか幸せと感じるべきか、状況分析は難しい。
「だってもう一ヶ月も眠り続けていたんですよ!」
「ふんがっげ(なんだって)?」
「みなさんも大喜びしますよ、早く呼んでこなくっちゃ!」
ろくな説明も無いまま、彼女は部屋を飛び出していった。
どうも服装からさっするに、彼女の
養父を失って泣きくずれていた彼女だが、意外なほど
「それにしても、一ヶ月も寝ていたって?」
考えられない事でもなかった。
クリムゾンセラフを作ったときも勇輝は
ベアータたちとの戦いで限界以上に身体を
あいかわらず無駄にでかいベッドから抜け出して窓を開けてみると、やや熱気をおびた風が室内に流れ込んでくる。
どうやら季節は夏をむかえようとしているようだ。
空気は熱く。
しかし風はすがすがしく。
庭園には若葉が青々と
何もかもが光り輝いていた。
そして広い庭園の向こうには、復興途中の聖都の姿が見える。
あちこちに建設中の建物が並び、そのまわりで作業している職人たちの姿も見えた。
街道には屋台が立ちならび、道行く人々を相手に食料、衣料品など、あらゆる品が売買されているようだ。
苦境にもめげず、人々は立ち直ろうとしている。
かつての美しい聖都を取り戻すために。
「ああ、勝ったんだな、俺たちは」
勇輝は大空を見上げた。
雲よりも高く大地よりも広い、
「この空も、ばあちゃんに
受けついだ家も財産も失い、育ててくれた命さえも失った。
だがそれでもまだ、この魂が残っている。
胸の奥に刻まれた言葉と心が、今も魂を熱く
「見ていてくれよ、俺はこれからも絶対に負けない、逃げない、あきらめない!」
そこで勇輝は少し思案すると、天にむかって即席の決めゼリフを言いはなった。
「この瞳が紅く燃えているかぎり、悪い奴らに勝手な真似はさせないぜ!」
少女の大声が空にこだまする。
それに対する返事は、耳には届かない。
だが心の奥にははっきりと届いていた。
「ユウキさん、目を覚まされたというのは本当ですか!」
ランベルトを先頭に、ベルモンド家の面々が客室に駆け込んできた。
いつもの三人にジゼルを加えて四人、顔を
「おはようみんな、聖女
勇輝は満面の笑みを浮かべてⅤサインを送る。
こうして一つの戦いが終わった。
だが人の
今もこの空の
第一章 完
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