第12話 歓迎の裏で 1
「でも結局ハッキリした事はなーんにも分かんなかったんだよな」
どうやら夕食の酒がまだ残っているらしい。
ゴロゴロとベッドの上を転がりながらぼやき続ける。
「ちぇっ、どうしろってんだよこんなカワイイ姿になっちまってよぉ、これじゃ喧嘩の一つもできやしない……」
つぶやきながら、白い細腕の肌触りや、体格のわりに大きな胸、男の太ももくらいしかなさそうなウエストの感触を確かめてみる。
それはいかにも少女の体つきだった。
男の身体とはくらべ物にならないくらいに細く、柔らかく、怖いくらいに
少し罪悪感があったが、胸をもんでみる。
初めてもむ女の胸、しかもわりと大きい。
モミモミモミモミ……。
タプタプタプタプ……。
ギュッ!
「いてっ!」
自分で乱暴にして、自分で痛がっているのだからバカな話だ。
意外にもイメージしていたような興奮も感動もわいてこなかった。
「自分の身体だからかな……なんか違う……」
勇輝はそう言い捨てると、ふてくされたように横向きになって眼を閉じた。
一分もしないうちに勇輝はすうすうと静かな寝息を立て始める。
こうして波乱にみちた勇輝の異世界生活一日目が終わったのであった。
「…………」
勇輝はまるで気がついていなかったが、扉の外で客室の様子をうかがっている人影があった。
その人影は勇輝が寝静まったことを確認するとその場をそっと離れ、そして主人の書斎をおとずれる。
そこにはヴァレリアとランベルトの二人が待っていた。
「申し訳ありませんね、あなたには嫌な役割を押し付けてしまいました」
「いえ、これしきの事はお安い御用です
「…………」
「…………?」
ヴァレリアの苦笑いに、影の主はくわえたハーブスティックをたれ下がらせた。
「いつも言っているでしょうクラリーチェ、仕事以外で『猊下』はやめてください」
「……あっ、はい、ヴァレリア様」
勇輝の様子をさぐっていた人物、クラリーチェは
「ご苦労さま」
労をねぎらうランベルトにも、彼女は
ランベルト・ベルモンド。
クラリーチェ・ベルモンド。
実はこの二人、ヴァレリアとは養母と養子の関係にあった。
裕福な者が
二人ともそうした孤児上がりだった。
「それで、ユウキさんの様子はいかがでしたか」
「大人しく眠りについたようです。あの分では朝まで起きないでしょう」
「そうですか、客室は気に入っていただけたようですね」
ヴァレリアは中指で眼鏡のズレを直した。
それが会話中に間をとりたくなった時の養母のクセなのだと知っている二人は、黙って彼女が次の言葉をつむぎ出すのを待つ。
数秒の後、尊敬する養母が口にした一言は、当人の慎重さを端的に表すものだった。
「あなた方は、彼女の――彼女と、あえて呼ばせてもらいましょうね。彼女の事をどう判断しましたか」
おだやかなその表情の奥に、何事をも見逃さないという深い知性の光があった。
このヴァレリア・ベルモンドという女性。
一見すると単なるお人よしの
女の身ながら
ランベルトとクラリーチェは、そんなヴァレリアの子飼いの部下としてこれまでに様々な極秘任務をこなしてきた。
いわば非公式のスパイである。
ある時は私腹を肥やし職を汚す聖職者の不正を暴き、またある時は少数精鋭の戦闘部隊として各地を転戦する。
そういう
彼女たちは公正で忠実な神の
だが同時に
勇輝が身を寄せたのはそういう人物なのである。
こんな人物がたんなる善意で保護を申し出たわけが無かった。
「さあ、あなた方が感じたことをありのまま聞かせてください」
ランベルトは、求められたとおり実直に報告した。
「私は彼女、ユウキさんの事を《
本人にとっては不本意であろうが、勇輝はランベルトにとって不審者以外の何者でもなかった。
その
いまだかつてここまでとことん不審きわまる人間を見たことがなかった。
この不審人物をうかつに街中に解放するわけにはいかない。
そう判断したからこそ彼は最も信頼できる人物、養母であり主君であるヴァレリアの前に連れてきたのだ。
すると案の定、ヴァレリアは勇輝を素直に解放しようとはしなかったのである。
あくまで客としてだが、彼女を自らの屋敷にまねき入れた。
いわば
そして客間で議論している最中、『言葉という魔法』の話になった時のことだ。
ヴァレリアは勇輝には伝わらないようにした言葉で、隣室に待機していたランベルトたちに向かってこう言ったのだ。
『隣人さんたち、しばらく様子を見ましょう』と。
あのわけの分からない言葉は、実はランベルトたちに向けられたものだったのである。
少年少女のころから従っている主の言葉だ、ランベルトたちはその意味を正確に理解した。
つまり『二人とも、しばらくこの少女を監視しなさい』という命令だ。
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