第10話 初心者のころに何を得るかで人生ゆがむよね
「いや~すっげえなあ~、こんな生活って本当にあるんだね~」
その日の夜。
高級感ただようヨーロッパ風を思わせる大きな屋敷の中。
勇輝はクラリーチェに肩を
「ワインってあんなに美味しいものだったんだぁ~、金持ちはずるいよなぁ~」
足取りも口調もひどくだらしない。
彼(?)は思い切り
原因は夕食に出された
だがこの国では勇輝はもう成人なのだ。
だから思い切ってその赤葡萄酒を勢いよく飲み込んだのだが、それが美味いの何の。
あっと言う間に勇輝はとりこになってしまったのだった。
しかも屋敷の使用人たちが作ってくれた料理もまた絶品だった。
赤茄子とチーズのサラダ。
豪勢な魚介のオーブン焼き。
甘酸っぱい果物のソースをかけた野鳥のロースト……。
次々と目の前に出される美酒美食のコンビネーションに
「まったく、あのていどの酒で酔いつぶれるなんて」
苦々しい顔でつぶやきながら、クラリーチェは重たそうに勇輝を引きずる。
「ごぉめぇんねぇ~、初めてだったんでぇ~」
「まったくもう」
酔っ払いの間抜けヅラを横目でにらんで、クラリーチェは深いため息をついた。
「………………」
勇輝はトロンとした目つきで、そんなクラリーチェの横顔を見つめる。
「なんです?」
「んふふ」
気味の悪い薄笑いを向けられて、クラリーチェは
「クラリーチェってさ、愛想悪いけど可愛いよね~」
「…………あなたほどではありません」
クラリーチェが不快そうに答えるので、勇輝は首をブンブン横にふった。
「こんなのは偽物なんだって、本当はこんな顔じゃねぇもん。
やっぱ美人は本物が一番だよね~」
「意味が分かりませんが」
言葉の意味をはかりかねて、クラリーチェは歩みを止める。
次の瞬間、彼女は壁を背に抱きすくめられていた。
おたがいの顔がぶつかりそうなほどの近さで、二人は見つめ合う。
「君は好きな人とかいるの?」
「なっ」
抵抗するヒマもあたえず、勇輝はクラリーチェの頬にキスをした。
「…………!」
「良かったらさ、俺と」
「イヤーッ!」
ドォン!
信じられないような怪力で勇輝は突き飛ばされた。
勇輝の体はそのまま反対側の壁に激突し、顔面から床に落ちる。
「はあっ、はあっ、はあっ」
荒く息を切らせているクラリーチェ。
勇輝は顔面をおさえてうめいていた。
「い、いってえ、マジ痛てぇ~、そんなに速攻でふらなくたっていいじゃん……ゲッ!」
勇輝はクラリーチェの姿を見て叫んだ。
彼女の全身から白く光るオーラのようなものがあふれ出している。
怒りと恥じらいで、彼女の顔は真っ赤になっていた。
「まったく、男ってどうしてこう
クラリーチェは勇輝の足を片手でつかむと、そのまま引きずって早足で歩き出す。
「わーっ! ちょちょちょ、ちょっと待って~!」
とんでもない腕力だった。
勇輝の身体を片手で平然と引きずっている。
「そんなに怒んないでよ、別に悪気があったわけじゃ……」
ダァン!
クラリーチェは猛スピードでコーナーを曲がった。
勇輝は
「ぐえっ!」
「よく分かりました、よーく分かりました!
あなたは間違いなく男です!
軽薄でいい加減で、私のいっちばん嫌いなタイプの男!」
白いオーラをまき散らしながら廊下を突き進むクラリーチェ。
その先に『階段』が待ち受けていた。
「え、ちょ、ちょ、ちょっと待っ」
勇輝の苦情は聞き入れられず、彼女はそのままの猛スピードで階段を駆け上がった。
ガンッ! ゴンッ! ドガッ! ガスッ! ゴシャッ!
「イダッ、あだっ、ぐえっ、待って待ってま、グエッ!」
ガンガンゴンゴン全身を打ち付けられて、たまらず勇輝は悲鳴を上げる。
それでもクラリーチェは止まってくれない。
そのままさらに二階の廊下を直進し、突き当たりの部屋までたどりつくとようやく止まり、そこの扉を開ける。
部屋の中は真っ暗だ。
「さあお客様どーぞこの部屋をお使いください、今日からここがあなたの部屋ですっ!」
彼女はそう言うなり、勇輝を部屋の中に投げ飛ばした。
「うっぎゃあああー!」
暗闇の中で宙をまう勇輝。
だが絶妙のコントロールによって、彼(?)はよく弾むベッドの上に着地した。
「のわぁっ!」
トランポリンのように跳ねてそのまま奥に一回転。
それでもベッドから転げ落ちる事もなく、勇輝の身体はあお向けに寝転がった。
「ではお休みなさい、ごゆっくりどうぞ!」
バアン! と大音をならして、クラリーチェは乱暴に扉を閉めた。
「て、照れ隠しにしちゃハード過ぎないかいベイビー……?」
勇輝は全身の痛みにうめきながら身をおこす。
「いってえぇ……、可愛い顔してやることキツイぜ」
酔いとダメージでクラクラする頭を軽くたたきながら、勇輝は部屋の中を見回す。
暗くてほとんど何も見えない。
まずその部屋の広さに驚く。
一部屋で勇輝が住んでいたボロ家の間取りに
家具や調度品にも豪華な装飾がほどこされているようで、一般階級の人間には手出しできない高級品だろうということが想像できた。
そして勇輝が投げ飛ばされたベッドはアニメや映画で王侯貴族が使っているような、
「金持ちって、すっげえなあ」
勇輝はキングサイズ以上もあろうかという巨大な天蓋つきベッドの上であぐらをかいた。
「ほ、本当にここでいいんだよな、後で間違いだったとか言わないよな?」
ためしにそのまま寝転がってみる。
生まれも育ちも
「本当に別世界に来ちまったんだなあ」
思わずため息がこぼれ出る。
だだっ広い部屋で一人静かにころがっていると、何となく胸の奥に
自分の息づかい以外、何の音も聞こえてこない。
まだ
普段ならば、自分が暮らしていたボロ家ならば――。
道路を走る自動車の音。
近所の赤ん坊が泣きわめく声。
たまには酔っ払いの歌声なども。
こんな騒々しい生活音が聞こえてくるはずだ。
人間が出すやかましくてうっとうしい音。
それがこの部屋には一切存在しない。
ここは広々とした敷地内にあるお屋敷の、超豪華な客室なのだ。
一般庶民の住宅街にあふれる雑音など聞こえてくるわけがない。
そんな特権階級の
「どうして、俺はこんな事になっちまったんだ?」
勇輝は酔った脳みそをどうにか回転させて、この屋敷に入ってからのことを振り返った。
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