第25話 放課後の中庭
放課を告げるベルが鳴り終わった瞬間、私は教室を飛び出した。
私のクラスは、中村くんが指定した中庭から全校で二番目に遠い教室に位置しているのだ。
「お前、やる気満々だな」
階段を一段飛ばしで駆け下りる私の背後で、乾の声がした。
「だって、私たちが遅れるわけにはいかないでしょ!」
半ば叫ぶように答えている間に、乾が隣に並ぶ。
「ま、ここまで急がなくったっていいだろうけど」
たしかに、中村くんたち二年生の方が先に着いて対応を始めてくれてはいるだろう。が、それはそれだ。
いつの間にか私の前を走っていた乾を追うようにして中庭にたどり着く。
と、すでに何人もの生徒の姿があった。
「では一年生はこっち、二年生はこっち、三年生はこっちで男女別に集まってくださーい!」
やはり先に来てくれていた中村くんが、噴水の縁に立って声を張り上げている。
塚本くんや湯浅くんは集まった生徒たちの真ん中で名簿をチェックしているようだ。
「俺らも行こう」
乾がこちらを振り返りもせずに言った。
「言われるまでもないわよ!」
とっさに叫び返したが、すでに駆け出していた乾に聞こえたかはわからない。
中村くんが、空き教室ではなく中庭を指定したのは正しかった。
というのも、噴水のあるこの中庭は、各学年のホームルーム教室が集まった校舎の間にあるのだ。つまり、教室や廊下の窓から、様子を簡単に窺うことができる。
興味があっても、他人の反応が気になって積極的に動けない生徒というのは案外少なくない。
けれど、そういうことを気にしないタイプの生徒たちがすでにたくさん集まっているのを目にしたら──。
牽制し合う必要がなくなるのだ。
行動したところで悪目立ちすることはないと、本人の目にもまわりの目にも明らかなのだから。
(にしても、こんなに集まるなんて……)
現時点ですでにかなりの人数が集まってきている。
ざっと見渡しただけでも百人近いのではないだろうか。
もしかしたら、参加したいけれど今日は部活や用事があるからと友達に言付けを頼んだ人だっているかもしれない。だとしたら人数は今いる以上になるはずだ。
なんだか、合唱祭に参加したいと思ってくれる人がこれだけいたということだけで胸がいっぱいになってしまう。
私は手元の名簿──三年女子の参加者リストに目を落とした。
「──彩音ちゃん」
背後から聞き覚えのある声で呼ばれ振り返る。
と、そこには幸穂の姿があった。違うクラスの友達だろうか、何人もの女子生徒と一緒だ。
「わあ! 来てくれたんだ!」
感激して言うと、幸穂は長い髪をさらりと揺らして微笑んだ。
「音楽系の部活の元部員としては外せないと思って」
ということは、一緒にいる彼女たちはみんな吹奏楽部の面々なのだろう。
「受験前の最後のイベントとして羽伸ばすのもありかなって」
幸穂の隣にいた、ショートカットの子が言った。
もしかしたら、幸穂が前言っていた「副部長だった子」というのはこの子のことだろうか、とちらりと考える。
「あと、伴奏。合唱曲の伴奏とはいえ、一カ月弱で一曲モノにできる人、限られてるんじゃないかな」
「うっ……」
幸穂のその指摘は正しい。
どうしても見つからなかったときには、私も伴奏に回ろうかと考えていたくらいなのだ。
ピアノは小学校卒業と同時に辞めてしまったけれど、一曲くらいならなんとかなるだろう。
もちろん、本音を言えば歌う方で参加したいけれど。
だから幸穂たちの言葉は、願ってもない提案だった。
「ほら、吹部三年ってほぼ全員がピアノ経験者なのよ。もう引退してステージもないから、よかったら協力するよ」
「ほんとに……? もう、何ってお礼言ったらいいか……」
私はもう物理的にも震えながら、彼女たちの名前の横に「伴奏可」の印を書き入れた。
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