けれどソレは偽物ではない 9

 颯爽と生徒玄関を抜ける見染目を追いかける。

 迷いなく歩みを進める彼女に追いついて、僕は説得を試みた。


「待って見染目、よく考えて。真犯人が見つかったのはいいけど、今から突撃してどうするつもり?」

「しかるべき機関に突き出す」


 しかるべき機関。

 警察のことだろうか。いや、ニュアンス的に『リラ管理局』の方が正しいだろう。しかし、僕と端紙にとっては望ましくない。

 世間に対し別々の視点をもつ見染目と僕とでは、理想的な動きというものが異なっている。それが食い違って、どちらかの行動を優先するともう片方を潰すバッティング状態だ。

 今の彼女にとっての正義は、真犯人である片踏キョウを捕まえること。きっとそれで騒動が収まると考えての行動だ。

 一方で、僕らにとっての正義は片踏キョウを利用する妹、片踏マナを端紙リオが止めること。物事を慎重に運ぶ必要がある。


 見染目は学校を出るなり、荒咲駅とは正反対の方角へ歩いた。

 脇目も振らず。粛々と目的の場所を目指していた。その横顔に意思を曲げそうな気配はなかった。


「なにがあったんだ? 何かいつもと違うぞ、見染目」

「違うって、どう違う?」

「必死すぎる。生き急いでる。焦ってもいいことはない」


 すると、突然足を止めた。

 それから、キッとこちらを睨んだ。


「別にいいでしょ。あんたに色々あるように、あたしにも色々あんの。いつか言ってたわね、『端紙リオを追いかける』って。それと同じ。あたしは片踏キョウを排除しないと我慢ならないの」


 淡々と、吐き捨てるような口調だった。

 唖然とする僕を置き去りにして、見染目はまた歩きを再開してしまう。その背中を眺め、思わず引き笑いが漏れた。


「頑固かよ……」

『これは、もう止められませんね』


 冷静に声がする。端紙が目を閉じて嘆息する光景が容易に想像できた。

 僕もまた追いかける。この場では放っておくのが一番悪手だ。すこしでも介入しなければならない。けれど端紙の言うとおり、これではらちがあかない。見染目は本気だ。無駄な手法だとしても、本気で戦いに赴こうとしているゆえの行動だった。

 俺は彼女を沼の奥底まで巻き込みたくない、その浅瀬にいてほしい。ゆえに事情を話せないのが歯がゆい。すべてを明かさず止める必要がある。


 走りながら、頭で方針を切り替える。


 止めるという話なら、見染目クミカの感情にこだわる必要はない。

 だが、その場合……彼女と僕のあいだには無視できない亀裂が走ることだろう。ここ最近のように、相手の安全のために距離を置く関係とは異なる。この方針を取るならば、僕は触れてはいけない部分を踏み倒すことになる。見染目クミカという人間を構成する基幹部を、嫌われることを前提に攻撃しなければならない。

 ああ、最低だ。

 考え得る方法のなかでも最低で、最悪な方針だ。

 それでも、彼女の突撃を阻止するには最も効率的でやりやすい。


 つまり、なんだ。

 曖昧な優先順位ではなく、明確に優劣をつける時がきたのだ。


「……くそ、」


 無言で歩く見染目の背後で、僕は頭をかいた。

 できるならば、選びたくはない。以前のような有耶無耶うやむやな協力関係でありたかった。生きているもの同士、なあなあの関係で居続けたかった。

 でも、僕はもう無視できない。

 月光の寝室で、端紙リオの願いを聞いた。助けると約束した。今は亡き詩島ハルユキの亡霊として責任を果たすと心に決めた。目蓋を閉じてみれば、日記に目を落とす彼女の姿が残像となって浮かんで、消える。

 興味――いや、言い換えよう。本能に従うままに追いかけて、彼女と出会った。それをいることはない。今後も。

 僕は心のどこかで端紙リオを求めていた。それは揺るぎない事実で、記憶を失ってもなお燻る僕の存在意義だ。

 たとえ手違いで生まれた幽霊だとしても、『リラ』のデータバンクにある情報だとしても、関係ない。

 どこか泣きそうにも見えたあの表情と、自分の感情を……無視はできない。


 だから、詩島ハルユキ。

 選択のときだ。

 これでいい。この方針がいい。

 事情を説明すれば、きっと見染目はどこまでも埋もれていって、色々なものを犠牲にして解決する気がする。でもそうではなく、この方針ならば。

 失うのは、僕という人間とのつながりだけで済むはずだ。


「――、」


 すこしだけ歩く速さを緩め、見染目から距離をとった。

 周囲はすでに住宅街へと突入していた。互いの声が届かないくらいの距離を保った。空は青く、清々しいまでに残酷な選択を迫っていた。


 すぅ、と一度深呼吸する。

 僕は片方しか選べない現実に歯を食いしばり、脱力した。


 俯きがちだった視線をあげる。

 先を行く見染目をみる。伸ばした手を握りしめ、下ろす。


「端紙」

『なんです』

「僕は、君を選びたい」

『――、』


 端紙は数秒のあいだ、衝撃を受けているようだった。

 けれど、すべてを理解してくれた。


 僕がこれからすること。

 見染目にとっての敵になること。悪になること。


 探偵気取りの彼女なら、きっと気づくだろう。だが、それでいい。


『私は、』


 端紙はそっと、口をひらいた。

 優しげで、悲しげで、それでいて澄んだ声色で、


『ずっと、あなたの味方です』


 そこに居ると告げてくれた。

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