けれどソレは偽物ではない 8

 六月四日。

 新しい月に突入して最初の金曜日に、僕は見染目と会った。


 場所は密会をした屋上である。

 昼下がりの時間にお邪魔してみれば、彼女は「この後のあんたの授業は欠席にしてあるから、付き合いなさい」と一方的に決めてしまっていた。


「ちょ、待って。まず話を聞かせて」

「ま、そうね。最近サボり気味なあんたが悪いんだけど」


 じろりと睨まれ、思わず目をそらす。

 事情が事情とはいえ耳が痛い話だった。


「と、とにかく。情報は共有してナンボだろう」


 端紙のことを隠している僕に言えることではないが、今はそう促す言葉しか浮かばなかった。心なしか、どこかで突っ込む声が聞こえた気がするが空耳に違いない。

 見染目はじーっと冷ややかな視線を送ってきていた。

 ここ最近の欠席はやはり知られているようで、明らかに懐疑的な態度である。普段から高圧的な態度が出やすい彼女のしかめ面は、かなり迫力がある。


「ほら、ネ? 僕もいろいろ忙しくてさ、そう例えば……ええと、前に言った升ヶ並カオルみたいな人に追いかけられたりとか」


 しり込みしながら弁明が口から出た。

 ウソは言っていない。事実、僕は片踏マナからマークされている。相手にとっては取るに足らない虫程度の認識でも、排除しようと罠くらいはけしかけるものだ。最近は勧誘のように凝ったものではない、もっと直接的なヤツも出てきた。きっとそういう人こそ、端紙の言う「狂信的な信者」なのだろう。忠実に指示を受け入れて、行動している。

 とまあそんな現状なので、こうして見染目と会うのが昼間で安心した。

 僕を端紙リオから離したいといっても、仕掛けてくるのは大抵が夜中だ。正直助かった。当の本人には絶賛睨まれ中ですけど……。


「そ、それで? 真犯人ってなんのこと? 端紙リオじゃないの?」


 負けじととぼけてみる。

 するとようやく見染目は諦めてくれたようで、肩の力を抜いてくれた。


「端紙リオは未だに関わってるでしょうけどね」


 背中を貯水タンクに預け、腕組みをする見染目。対する僕は入り口に突っ立ったまま耳を傾けた。


「……まえに監視カメラの話したの、覚えてる?」

「覚えてるよ」


 必要もないのに盗まれた形跡のある監視カメラの映像。彼女が違和感を抱いていたのが記憶に残っていた。


「その盗んだヤツを突き止めた。そしたらあらゆる公共施設に不正アクセスする悪質ユーザーで、しかもネットの裏掲示板で変な組織を率いてる超危険人物だった。これが犯人でなくて何なわけ?」


 こめかみに手をやり首を振る見染目に、僕は問いかけた。


「突き止めたって、どうやって?」


 端紙もそいつの存在は認識している。けれど『どこにいる誰なのか』を突き止めるには至っていない。彼女はいつ消えてもおかしくない幽霊であり、決して高度な処理ができるAIではない。

 正直その情報を提供してくれるなら願ったり叶ったりだが、単純にどうやって行き着いたのかが気になった。まるで相手のパソコンをハッキングしてログを読んだかのような説明の仕方――

 そこまで考えて、ひとつの可能性に行き着いた。


「まさか」

「そのまさかよ。ハッキングした」

「……まじか」


 見染目自身、ハッキングのプロのような真似はできないと以前から話していた。よくて深層で情報収集できるくらいの一般人であるとも。

 となれば、考えられるのは他人にハッキングしてもらったという線だ。

 それだけの腕を保持していて、かつこの見染目が接触したであろう人物となると、ひとりしか思い浮かばない。


「御門先生に、頼んだのか……?」

「ええ。ちょうど犯人――片踏キョウは、御門先生の研究を手伝うだったみたいだし? 無理言って確かめてもらったらビンゴよ」

「い、いや、よくそんな思い切ったことができたな。軽く、っていうかちゃんとした犯罪だぞ。相手が犯人だったからよかったものの」


 見染目クミカは、そんな過激な作戦を敢行するような人間だっただろうか。今ではもうよくわからない。そんな人間だった気がするし、そうでなかった気もした。いかんせん、彼女は本質をすべて見せているわけではなかったから。

 薄ら笑いを浮かべて、見染目は答えた。


「あんたが言ったんじゃない。御門先生は『リラ』の開発者なんでしょ? 調べたら今もそれに通ずる研究に熱中してるらしいし、弟子みたく通う生徒を疑うのは当然」

「た、たしかにそうだけど」


 でも、何かが変わった。どこか積極的になった。

 僕は眉をひそめて観察したが、ノドに引っかかる違和感の正体は窺い知れない。


「とにかく、そういうことだから。行くわよ」


 貯水タンクから背中を離し、見染目は一方的に話を切った。

 こちらの事情などお構いなしに、横を通り過ぎて扉へと向かう。戦地に赴くから着いてこいと言わんばかりのトントン拍子だ。


「行くって、どこに――」

「片踏キョウの家」


 そう残し、錆びた扉をあけて出ていってしまう。挙げ句、扉が閉まる隙間から目線だけで「早く来い」と脅迫した。


 がちゃん、という音が虚しく響く。

 抵抗する隙も与えず、彼女は行ってしまった。


「……どう思う」


 誰もいない虚空に、僕は意見を求めた。

 果たして幽霊は、神妙な声音で答えてくれた。


『居場所を特定できたのは良いことですが……まずいですね』

「まずいって、具体的には」

『元凶は片踏キョウの妹であり、私と同じ幽霊です。外部と自由に通信できる場所にいるであろう彼女のもとへ赴いたとて、捕まえられるのは捨て駒である兄がいいところでしょう』


 無策で突っ込むなんて甚だしい。むしろ行動予測を困難にすると、端紙はそう言っていた。片踏キョウは言わば、片踏マナの所在を示す都合の良い人物。それを失うのは痛い。


『放っておくと、今後は今より後手ごてに回ることになります』


 僕は、晒した手のひらを握り込んだ。




 ――思えば、すでにこのときから覚悟はしていたのかもしれない。

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