けれどソレは偽物ではない 3

というのは、一言でいえば現状を良しとし、騒動を助長する一派です。ネットで通じ独自のコミュニティを形成、升ヶ並カオルのようなユーザーを増やし、騒動への意識を変貌させている』

「意識を……たとえば?」

『たとえば先日あなたに接触した升ヶ並カオル。彼女は死者とマッチングする現象に陶酔とうすいしていた。以前から恋愛が上手くいっていなかったところをつけ込まれ、死者イコール運命の相手、という構図を教え込まれた結果でしょうね』


 なるほどわかりやすい。

 周囲は認めてくれない、でも黒いプロフィールの相手だけはそんなあなたを認めてくれた。承認欲求を逆手に取った手口というわけだ。そんな薄っぺらい手口に引っかかるものか、なんて楽観視はできない。人の心は案外隙だらけだ。分かりきった詐欺にだって容易に引っかかることも珍しくはない。

 端紙は一拍おいて説明を再開した。


『片踏マナ。それが主犯です。死亡時期は四年前の十月。自殺です』

「片踏、マナ……」


 当然ながら聞いたことがない。


『彼女の目的はおそらく、リラユーザーの死者に対する意識を変えることです。具体的には受け入れさせる。死んだ誰かともう一度話すことができる、といった間違った現実を容認させ、世間に常識として定着させようとしている節がありますね』


 そのためにコミュニティを形成した。そのために多くの人をそそのかした。

 多数決などという決定手段が横行する現代、ネットで幅広く同意者を獲得できれば、時として無理難題でも通ってしまう。もしも暴動なんて起こそうものなら、市は妥協案を出すなりして事態の収拾を図るだろう。

 ……妥協案が出た時点で負けな気もするけど。


『片踏マナは生前の兄と協力関係を結び、度重なる騒動で情報――言わば人々の反応を集めています。その意図は不明ですが』


 よし、繋がった。

 見染目の言っていた監視カメラの件はこれで納得ができる。


 一方は『リラ』の内側から、一方は現実で、世間にアプローチしているのだろう。互いの及ばない部分を補って混乱に乗じる。管理局の足を引っ張る手段という意味でも、人々の価値観に干渉するのは理解できる。

 升ヶ並カオルのような存在を野放しにすることは管理局にとっても不本意だろう。きっと見えないだけで、追いついていないだけで、対処はしているはずだ。それを踏まえると、校長と有臣先生が生徒に協力を申し出たのは苦し紛れの手段に思えてきた。

 ともかく、重要なのはこの一点。

 片踏マナという誰かは、邪魔者を排除し騒動を続けさせている。加えて情報を集め何かを練っている。


「なんとなくわかったよ」


 僕は頷いた。

 説明を噛み砕いて理解した。


「じゃあ――」


 次だ。

 僕個人としてはここからが本題。感情に従ってしまえば、『リラ』の現状とか敵とか管理局とかはどうだっていい。

 自分がこの騒動に首を突っ込んだ理由。行動を起こしたきっかけにして、目的。

 それを問うときが来た。



「端紙リオは何なの?」

『……』



 無機質に、冷静に話していた印象が崩れるのを感じる。

 微かに息を詰まらせる気配。


 束の間の休息が訪れた。

 通話は繋がったまま、沈黙が支配した。

 意識外に消えていた噴水の音が帰ってくる。僕は固唾を呑んで言葉を待った。


『私は彼女を追っていました。辛うじて伸ばせる範囲でネットの会話履歴や痕跡を探して、それであの日はテレビ局のまえであなたと、』

「そうじゃなくて」

『……、』

「いや、それも訊きたいことではあったんだけどさ」


 がしがしと頭をかいて、僕は迷いを振り捨てた。

 会ったばかりで苦しめるとわかりきった質問をするのは気が引けるよ。きっと向こうは詩島ハルユキが異常であることに気づいてる。それを話題にしたくないから躊躇っている。

 でも避けては通れないんだよ、ここは。

 ある種、僕の追い求めていた時間なんだ。話して、知って、苦悩して。そういう苦みの混ざった思い出話をしていかないと、僕らは単なる協力者になってしまう。パートナーとは足並みを揃えなければならないと断言したのは他でもない端紙だ。なら尚更、僕は伝えなくてはいけない。君は話さなくてはいけない。

 じゃないと、始まるものも始まらない。

 ――これは再会ではなく、邂逅なんだから。

 だから今は、こっちから切り出そう。名を名乗らせるまえになんとやら、怖じ気づくなら、こっちがさきに傷を負うべきという発想の転換だ。皮肉なことに、至らないところを補う関係性という意味では、これが初かもしれない。

 僕は意を決した。そっと口をひらき、ノドを震わせる。


「もう知ってるかもしれないけど――」


 しかし。


『私はっ』


 遮り、声が感情を露わにする。


『私、は』


 知らず声を張り上げていた自分に気づいたようだった。

 冷静を取り戻し、それでも彼女は話そうと努力していた。ぽつり、ぽつりと言葉が紡がれていく。


『あなたに――ハルに、感謝していました』


 絞りだす声音に込められた感情は、単純ではない。きっと僕の知らない様々なモノが混ざり合って形成している。時間をかけて初めて色づいた傑作だった。数日やそこらでつくれるようなモノではないと悟る。

 重い一言をようやく放ち、彼女はゆっくりと息を飲み込む。


「そっ、か」


 視線をあげた。

 遠くからオレンジ色が迫ってくる背景に、端紙リオの顔を思い浮かべた。


『ずっと……あなたを探していた。いえ、面と向かって話す口実が見つからなくて、かける言葉もよく、わかんなくて。だから遠くから眺めていた。詩島ハルユキはすさんだ自分を引き上げた恩人。擦り切れて消えることを望んでいたかつての私を救ってくれた、大切な人、です』

「それは……ごめん。僕は記憶がない。君と何を話したのかも、どうして、どうやって君を救ったのかもわからない。詩島ハルユキは――君にとって真の意味で、死んだんだ」


 残酷なまでの現実を突きつけられ、端紙は悔しげに言葉を詰まらせた。

 でも、さっきまでとは異なる。強い意志をもって、まっすぐな感情を向けてくる。一度とじた目蓋を開け、透き通る瞳を向けるようだった。


『それでもいい。私は幽霊。手違いで目覚めてしまった、今だけの影。あなたに感謝を伝えるために、そして、今一度助けてもらいたくて目覚めた、単なる影法師です』


 ようやく思い出――知れた気がする。


『ありがとう、ございました。助けてくれて。生きていてくれて。また同じように寄り添って、くれて……それとごめんなさい。もう一度、もう一度だけ。あなたを頼らせてください』


 端紙リオの真髄。

 詩島ハルユキが手に入れた、とんでもなく淡く、ガラス細工のような色彩。無愛想で隠した切なる感情は、きっと誰にも侵せない。感情ソレを表現するとなると難があるところも、彼女の魅力だった。


 ……僕は、『リラ』の不具合に感謝すべきなのだろう。

 お陰で手を伸ばしても届かない、色やカタチも忘れてしまった宝物と、今こうして話すことができたのだ。

 助けて欲しい? 頼らせて欲しい?

 ああ、いくらでも手を差し伸べよう。幽霊だっていい。見染目に敵対したって構わない。チカラになれるかはわからないけれど。少なくとも、もう独りにはしたくない。

 これは僕の感情だろうか? 詩島ハルユキの感情だろうか?


「――、」


 どっちだっていい。

 僕は自然と、笑みをこぼしていた。


「……わかった。よろしく、端紙」


 誰かが見れば、僕は宙に手を差し伸べる変人かもしれない。

 でも今だけは、そんな視線も耐えられる。


 だって見えなくても、端紙リオは握り返してくれたから。



『よろしくお願い、します。詩島さん』

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