けれどソレは偽物ではない 2

 久しぶりに独りで下校する気がした。

 我が学園は部活動が盛んだ。数も種類も豊富で選び放題。同好会を含めたらキリが無い。それくらい選択肢が用意されていて、生徒は思い思いの青春を謳歌している。

 生徒玄関から通用門までの短い距離。視界のさきを歩いているのは見知らぬ生徒ふたりだけ。

 きっと後ろを振り向いても、見染目の姿はない。


 屋上でつけた優先順位は、距離を生んだ。例え裏切りだとしても、僕はこれでよかったと思う。ここからは自分――詩島ハルユキの立ち向かう案件だ。先を行くだけの人間が、無知な人間を道連れにするほど危険な行いはない。

 だから、僕と見染目クミカはそういう関係だ。

 彼女は彼女のペースで、ちゃんと理解して身を投じるべきだと思った。疑問ばかりが残る状態で突っ走る僕のような、あやふやな足元を歩くべきではない。


 足先は真っ直ぐ駅へ向かっていた。

 筋肉痛があろうと予定よりもはやく到着してしまう。が、構わない。どうせはいつでも応じてくれる。

 常日頃お世話になっている南口から、エスカレーターで構内へ。しかし改札は素通りして、北口へと出た。


 荒咲駅の北口は、メインの南口より人気ひとけが無い。

 ロータリーも小ぶりで、南口のファストフード店もビル一階のドラッグストアも北口にはない。店といえば質素な居酒屋くらいのもので、見える範囲にはタクシーが二台止まっているだけだった。

 唯一南口に勝っている点といえば、ロータリーの隅っこにちょっとした噴水があるくらいだった。周囲のフチに腰掛けることができ、たまに送迎などを待っている人がいる。

 が、今日は無人だ。


 僕は噴水のまえに立って、けれど腰を下ろすことはなかった。

 一度だけ、見える範囲に視線を巡らせる。

 生徒は基本的にこちら側へ来ることがない。ゆえに、見染目やその他の生徒に目撃される心配はない。落ち着いた雰囲気の北口は静かすぎる気さえした。

 カバンを置き、携帯を取り出す。画面をひらくと、タイミングを見計らったように『リラ』の通知が表示される。

 驚きはない。むしろ自然にアプリをひらき、相手のトークルームに移動した。


 背後の噴水を意識しながら、携帯を耳にあてる。


『――時間通りですね』



 透き通る水のような声で、端紙リオは嘆息した。


「そうかな。すこし早いと思っていたんだけど」

『あなたの性格上、こうなることを見越して時間を指定しましたから。そも、三分程度は誤差の範囲です。四捨五入で切り捨てられます』


 世界に対する意識が薄れる。

 耳元で響く声は詩島ハルユキの奥底を揺らす。漫然と受け入れて、空気に没入してしまう自分がいた。


『見染目クミカは?』

「さぁね。今ごろ、騒動のあった場所でも巡ってるんじゃないかな」

『そういうことではありません。彼女の位置はこちらでも把握しています。訊いているのはおふたりの関係性についてです』

「ああ、なるほど。そっちか」


 僕は短く息を吸って、言葉を整理した。


「できるだけやんわりと断ったつもりだ。騙すようで申し訳ないけれど、彼女とは少しずつ距離を置く方向性で」

『賢明な判断ですね』


 端紙リオ曰く、現在の僕は追い込み漁の魚なんだとか。

 この上ないエサであり、見えない誰かに付け狙われている。その一端である升ヶ並カオルこそ遠回しであったが、中には直接的に接触してくる人間もいる。これからの行動上、僕は危険と隣り合わせだ。


「まぁ見染目のことはいい。これからは僕らで調査するんでしょう?」


 それは、一昨日の出来事の直後に依頼された案件だった。「同じ穴のむじなとして、協力してほしい」――端紙リオの一方的な決定。自分がすでにとやらにマークされた存在である事実は、否応なしにこちらの返答を定めた。

 一昨日と同じように、遠隔マナーモードに設定して携帯をしまい、僕は腰を下ろした。

 噴水の音が近くなるが、彼女の声は依然、はっきりと聞こえた。


『ええ、よろしくお願いします』


 つもる話はあるが、今は訊く雰囲気でもない。今後の行動方針を定めて、距離感をつかんで……それからでないと、幽霊である端紙に踏み込むのは早い気がした。

 しかし、そんな後回しの精神を端紙は否定する。


『といっても、あなたたちのやっていた調査とは別件ですが』

「? 何をするんだ。まずは現状の情報集めから、」

『情報は提示します。敵の詳細も提供します。ですからまずはハ――ごほん、詩島さんの疑問を解消した上で、こちらも行動を起こすことにしますので』


 言われて理解した。

 端紙リオは『リラ』の騒動の元凶である。であるならば、状況など細部まで把握していることだろう。そんな当たり前のことまで失念していた自分が恥ずかしく思えた。


『パートナーとは足並みを合わせる。でなければ、相手には敵いません』

「じゃ、じゃあその、まずは相手ってヤツについて教えてくれ」


 手始めに訊くべきはそこだ。

 遠回しだが、今現在知り得ている大前提の真実がウソ偽りないか調べる必要がある。

 薄々勘づいてはいるが……。


『わかりました。では諸々をすべて、あなたにお教えします』


 ようやく、事件の全貌が見えてくる。

 彼女が敵視している相手とはどのような存在で、何を目的にしているのか。

 端紙リオは結局のところ敵か味方かどっちなのか。

 『リラシステム』になにが起こっているのか。



 妙な緊張感に、僕はごくりとノドを鳴らしたのだった。

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