第28話 消えた回収リスト


 高島は、優子の話を詳しく聞くために、一緒にいた死書官を下がらせた。

 そのため、奏が最初に見たこの死書官の死書には、優子がカギを未来へ送ったということが曖昧に記されていたのだ。


「未来へ送った? では、お前が今首から下げているカギはなんだ?」

「これは祖父の形見のカギです。私のカギは3年後、私の娘の誕生日に私の家に届く手筈になっています。これで3年間は、犯人には決してカギが渡ることはありません……しかし……」

「しかし?」

「それまでに、犯人を特定できる保証はありません。これは一時的な措置です」


 優子はコートの中に隠していた1冊の死書を取り出し、高島に見せた。


「この死書を覚えていますか?」


「…………それは————!!」


『花咲ことは』


 優子が取り出した死書の表紙には、ことはの名前が書かれていた。


「あなたが回収するはずだった、私の娘……ことはの死書です」


(わたしの……死書!? どういうこと!?)



 これは、今から3年前、ことはが9歳の誕生日に起きた出来事の記述である。

 それなのに、死書が優子の手にあるのは、どう考えてもおかしい。


「なぜ……お前がそれを————!?」

「やはり覚えていましたね。では、あの日、何が起きたか覚えていますか?」

「何が起きたか……覚えていないからこそ、その死書の名前を覚えているんだ。1年前……回収リストにあったはずの名前が、急になくなったんだからな……」


 時は、さらに1年前……

 ことはが8歳の誕生日にさかのぼる————




 ◇ ◇ ◇



「コトちゃん、今日はお誕生日だから特別に美味しいご飯をママが用意するからね!」

「ママ、それじゃあこれからお買いもの行くの!?」

「ええ、コトちゃんもいっしょに行ってくれる?」

「うん! わたしもごはんいっしょに作るからお買いものもお手伝いする!」

「ふふ……ありがとう、コトちゃん」


 この日は日曜日だったが、夫は休日だというのに仕事に呼ばれ、長男の時也は部活のため、家にいたのは主役の娘だけだった。

 お気に入りのミッピィという鳥のキャラクターのTシャツを着て、買ったばかりの麦わら帽子をかぶると嬉しそうにことはは優子が運転する車に乗った。


 スーパーでたくさん買いものをして、荷物を積み終わるとことはは優子がいうより先に


「わたしが戻してくる!!」


 そう言って、駐車場からカート置き場まで空になったカートを押して行く。


「コトちゃん! 車に気をつけるのよ!」

「はーい!!」


 元気にそう答えて、ことははカート置き場にカートを戻したあと、優子に向かって手を振った。

 ちゃんとできたよ!と、アピールしている。


「はぁ……自分の娘ながら、なんて可愛いのかしら……」


 可愛くてたまらない娘の姿にうっとりしていたが、優子の視界に、普通の人間には見えないものが入り込む。

 黒いジャンパーのフードを被った男が、ことはのすぐそばに立っていた。


「ま……まさか」


 死書官がそばにいるということは、これから死書が回収されるということであると、優子は知っている。

 自分もその仕事をしている側の人間だからだ。

 俗に死神と呼ばれるその仕事は、事前に配られているリストに則って、回収作業を行う。


 あの死書官に与えられたリストの中に、花咲ことはの名前があるのだ。


「だめ……コトちゃん……そこから動かないで!!」


 ことはがカート置き場から車まで戻ろうとした、その瞬間、エンジン音がなり、1台の車がことはの目前に。

 麦わら帽子が、風に乗って駐車場のアスファルトの上に落ちる。


「ことは!!!!!」


 花咲ことはは、ブレーキとアクセルを踏み間違えた車にはねられ、スーパーのガラス戸と車の間に挟まれ、死亡した。



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