第25話 来たる日の為に


 急に死書官補佐から、下級死書官になってしまったことは。

 それに、死書簡補佐になってからまだ1週間も経っていない。

 トトだって、ことはを死書官にするつもりはなかった。


 だが、優介をはじめとする違法死書の調査に当たっていた死書官とカギを探していた奏の話を総合すると、確かに、あのカギはことはに送られているということが判明。

 今持っているカギではないようだが、違法死書の犯人が探しているカギは、3年前、優子の手により、ことはの元に届くよう送られているし、そのことに犯人が気がつけば、昨夜のようにことはが捕まってしまうかもしれない。


 また、カギが一体いつ、どこからどのようなルートでことはの手に渡るかわからない上、そのカギを手にする前にことはが違法死書の被害にあってしまったら大変だ。


「それに、あなたは一刻も早く母親を見つけるべきだということがわかったの」


 トトはことはに黒い封筒を見せた。


「……それ!! カギが入っていたのと同じ封筒!!」

「俺のところに届いたんだ。優子からの手紙が……」



“トト様へ。ことはを死書官に。来たる日の為に。違法死書を止められるのは、ただ一人”


 優介の家に届いた優子からの手紙にはそう書かれていた。


(来たる日のため??)



「これがどういうことか、今のところわからないけど……あなたがこのまま違法死書の調査を続けるのであれば、補佐のままだと何かと不自由なのよ。そこの堕天使……えーと、今は奏だったわね。ソレが見つけた花咲優子がカギを未来へ送ったという記述がある死書は、貸し出し不可のこの禁書庫の中にある死書なの」


 トトの話によると、禁書庫の中にある本は一般人には扱うことができない。

 死書官補佐の身分のままだと、禁書庫の死書は閲覧できないのだ。


「待っているだけなんて、絶対に嫌————これはあなたが自分で言ったことよ。今日からあなたは、死書官としてソレと一緒に違法死書について……あのカギの行方を知るために、あなたのママを探しに行きなさい」


「わかったわ……————って、ソレ? それと一緒って、まさか……」

「そう、ぼくだよ」


 ニコニコと、奏は微笑んだ。

 そして、ことはの手を握った。


(な……なんで!? なんで!? なんで!? なんで!?)


「ソレはあのカギが欲しい。だからあなたがカギを手に入れるまでは、絶対にあなたに危害を加えないし、人ではないから、死ぬこともないの。あなたのボディーガードとしては、ちょうどいいでしょ? 学校でも一緒だし」

「いや……確かにそうだけど…………!! でもわたし、昨日奏くんに捕まって————」

「それじゃぁ、さっそく、この死書の中に入ろうか?」



 奏はことはの手を引っ張り、一冊の死書を開くと死書の中にことはを引きずり込んだ。


「ひゃあああ!!」



 悲鳴とともに姪っ子の姿が禁書庫から消えるのを見て、優介はグッと拳を強く握る。


「すまない、コトちゃん……俺が小学生だったら、一日中そばにいて守れたんだが————」


 悔しそうにそう呟いた優介を見て、トトは目を丸くした。


「いや、そのでかい図体で何を言ってるの? あなた、頭大丈夫? それに、守れないわよ……いくら上級死書官でも、人間なんだから。ことはを守る盾にはなれないわ」


 人間は死から逃れられない。

 定められた期間に、必ず死を迎える。

 死書の書き換えでも行わない限り————


「わかってますよ……!! あいつはカギのためなら何でもしますからね…………ところで、一体誰の死書の中に入ったんです?」

「あぁ、高島たかしま敬三けいぞう……元・上級死書官の死書よ」

「高島敬三……? って、あぁ、去年亡くなられた……あの、ハゲですね」


 優介は、高島と何度か仕事をしたことがある。

 とても頑固なオヤジだった。




 ◇ ◇ ◇



 ある夜のことだ。

 黒いフードを被った男達が何人も、ぞろぞろと一軒のアパートの中に入っていく。

 全員、死書官だ。

 ことはと奏は、その様子を隣の建物の隙間からのぞいていた。


「ちょっと……これ、一体誰の死書の中なの?」


 小声で隣にいる奏に聞いた。


「そんなことより、早くフードをかぶりなよ。これから中に入るんだから……」

「え、でもこれって、死書官同士だと見えるんでしょ?」

「それは死書の外での話。死書の中では、この死書の中に出てくる登場人物には見えないよ」

「そ、そうなの!?」

「しーっ! 声は聞こえるんだから、静かにして」

「ご、ごめん……」


 中に入るタイミングを伺っていると、急に突風が吹いて、アパートの入り口に立ち、入ってくる死書官をチェックしていたおじいさんのフードが風にあおられて外れてしまう。

 そして、そこからツルッとピカッと光る見事な頭があらわになった。


「あのハゲてる男、あれがこの死書の主人公だよ……」


(ん? あれ? あの人、どこかで見たことがある気が…………)


 ことはは、その男にあったことがある気がして、記憶をたどるが、なかなか思い出せない。


「ほら、ぼくたちも中に入るよ!」

「う、うん……!!」


 思い出せないまま、奏に手を引かれ、ことははアパートの中に入っていった。

 他の死書官の中に紛れて。


(うーん……誰だっけ?)


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