第3章 過去からの贈り物

第24話 下級死書官

 昨日ことはを拉致監禁し、然るべき機関とやらに連行されていったはずの堕天使が、普通に左隣の席に座っていた。


「な……なんでいるの!?」

「ひどいなぁ……ぼくはこの席なんだから、当たり前でしょ?」


(なんで? 伯父さんが牢屋に入れてやるって言ってたのに……)


 急に行方不明になったせいで、心配した時也と父にしばらく一人での外出禁止になりそうだったが、優介が話をつけてくれて、ことははしばらくの間、放課後は神威家が運営している児童館に通うということになった。

 犯人は捕まっているが、身の安全のためだということになっている。

 実際通うのは、児童館ではなく死神図書館だが、そういうことにした。



「当たり前なわけないでしょ!!? あなた人間じゃないんだから!!」


 しかし、まさか学校に自分を拉致した犯人が普通に通っているなんて……意味がわからない。


「ちょっと、ことはちゃん何言ってるの!? 悪口だめだよ!!」

「そうだよ! 奏くんに謝りなよ!!」


 ことはの声が大きかったため、まわりにいた他のクラスメイトたちから非難されてしまった。

 いくらしらみんなが、奏が堕天使で人間ではないことを知らないとはいえ、そんなことを堂々と大きな声で言うべきじゃない。


「ご……ごめん……」


(本当のことなのに!!)


 不服そうな顔で謝ることはの顔をみて、ニコニコと奏は笑っている。

 転校初日の時のような、人の良さそうな笑顔だ。


(…………怖いんだけど)



 ◇ ◇ ◇



 あまり奏に関わらないようにしながら、授業をやり過ごしたことはは、迎えにきた優介の車に乗って、児童館の裏口にあるドアから死神図書館へ入った。

 今は都木野家となっているあの家のドア以外から入るのは初めてのことはは、少しホッとした。

 家からは少し遠いが、あの家から行くのはちょっと気が引けていたからだ。


 中に入れば、西洋風の長い廊下は続いているが、ろうそくの照明がついているため、カギの光を頼らなくても進むことができたし、何よりあの家の廊下みたいに蜘蛛の巣とか、ほこりまみれということはない。


「ねぇ伯父さん……これってちゃんと死神図書館に繋がってるんだよね?」


 なんだか違う場所に向かって歩いているような気がして、ことはは首を傾げた。


「あぁ、図書館の入り口……正確には入り口へ行くためのドアは、各地にあるけど、たどり着く先は同じだよ。ほら、この扉は同じだろう?」


 確かに、目の前に現れた木製の扉は同じものだった。


「開けてごらん」


 扉を押すと、入ってきた場所は違うのに、同じく図書館の受付前。

 相変わらず不機嫌そうな顔で、トトは受付の椅子に座り仕事をしていた。


「トトさん……!」

「…………来たのね。こっちよ」


 トトは立ち上がり、図書館のさらに奥へことは達を案内する。

 仕分けの時に使っていたテーブルより少し奥へ入ると、下へ続く階段があった。


「地下まであるの?」

「何でもあるわよ。MUGEN図書館だもの。所蔵されている死書も土地の広さも、全部が無限なのよ」


 階段を降りると、薄暗い石造りの長い通路。

 3人の足音と、声がよく反響した。


 そして、トトは“禁書庫”と書かれた黒いドアの前で立ち止まる。

 だがそのドアにはドアノブがない。

 トトがドアを3回ノックすると、ガチャリと音がなって自動的に開いた。


 古い本棚が並んでいる、大きな円形の部屋。

 地下のはずなのに天井は高く、プラネタリウムのように、星空が描かれていた。


「さぁ、ことはこの上に立って」

「う……うん」


(何をするんだろう……?)


 よくわからないまま、星やカギに刻まれているものと同じ読めない絵のような文字が書かれた魔法陣の中に立たされることは。


「そこから動かないでね」


 トトはことはにそう指示したあと、何かを唱え始める。

 そして、魔法陣から光が……紫の光が放たれ、眩しくてことはは目をつぶった。


 光と一緒に緩やかな不思議な風も流れてきた。


(なんだろうこれ……なんか、心がふわふわする)


 1分ほどで風が止まり、恐る恐ることはが目を開けたとき————



「ひゃああああああっ!!!!」


 ————奏の顔が目の前にあった。


「な……なんでいるの!?」

「ひどいなぁ……就任のお祝いに来たのに」

「えっ!? 就任!? なんの!?」


 何を言っているのかさっぱりわからずにいることはを置いて、話は進む。

 こほん……と一度小さく咳払いをしてから、トトは言った。


「死書補佐・花咲ことは……本日より、下級死書官に昇級し、違法死書解決の調査官に任命する————」


(え、えええええ!?)



 それは異例のスピード出世だった。





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