第22話 時の彼方へ


 ことはが持っていたカギは、奏が探しているカギではなかった。


「そんな……このカギが偽物だというのか!?」

「ええ、残念ながら、例のカギではありません。ごく一般的な死書官のカギです……」


 鑑定結果を聞いた奏は声を荒げて、結果を伝えに来た男の手からカギを取り上げると何度も何度も確認した。


「本当に……本当に……本当に違う? 優子の娘が持っているのに、一体どうして…………やっと、やっと見つけたと思ったのに————」


 期待した結果にならなかったことが、相当ショックだったようで、奏はカギを持ったままへたり込んだ。

 首がガクッと落ちて、落胆しているのが見て取れる。


 先ほどまで奏から感じていた得体の知れない怖い雰囲気が少し和らいだような気がして、ことはは勇気を出して奏に交渉する。


「ね……ねぇ、奏くん……違ったんなら、返してよ! それはママにもらったわたしのカギなんだから! それに、これもほどいて」


 奏は首だけを動かして、その作り物のような大きな目でことはを睨みつける。

 そこには人が良さそうなあの笑顔もなく、眉間にシワをよせている。


「あの……えーと……とにかく、違うんだから、もう……私に用はない…………でしょ?」


(うわ……この表情……めっちゃトトさんに似てる)


「そうだね……違ったなら仕方がない。これ以外にカギは持っていないようだし————まぁ、君が隠していないのならだけど」


 奏はゆらゆらと立ち上がり、ことはを椅子に拘束していたロープを解こうと手を伸ばした。

 だが片手にカギを持ったままだった為、ことはの膝に一度カギを置こうとしたその時……



 ————ガシャーンッ



 ガラスが割れる音とほぼ同時に、割れた大きな窓から背の高い男が入って来て叫んだ。


「コトちゃん!!!!!!」


「ゆ、優介伯父さん!?」


 優介は奏を突き飛ばして、ことはから引き離すと、ぎゅっとことはを抱きしめる。

 可愛い可愛い姪っ子が拉致らちされていたのだ。

 冷静でなんていられなかった。


「伯父さんどうしてここに……?」

「コトちゃんこそ、どうして言わなかったんだ……!! 勝手に、死書官補佐になんかなって————」

「えっ……どうして、そのことを……?」


 優介が縛り付けているロープをほどき、身動きが取れるようになったことは。

 床に落ちてしまったあのカギを拾おうと屈むと、割れた窓の向こうに、優介以外にも人がいたことに気がついた。


「と……トトさん?」


 眉間にしわを寄せ、先ほどの奏とそっくりな表情でトトが立っている。

 そして、突き飛ばされた衝撃で気を失っている奏を見て言った。


「言ったでしょう? ソレには関わるなって……」



 ◇ ◇ ◇



 トトが手をかざすと、少しずつ割れた窓が元の状態に戻っていった。

 この窓の時間を割れる前に戻しているのだ。

 捻挫したことはの足を治したのと同じように。


「神威優子のことだったね……あなたのママは。一度も会ったことがなかったから、あの死書の中で顔を見ても気がつかなかったわ」


 トトは、優子が結婚して苗字が変わっていることをも知らなかったのだという。

 実は神威家は代々、上級死書官を輩出している一族。

 優子は中級死書官だったらしい。

 中級死書官はほとんどの場合、死書を回収するのが主な仕事で、回収した死書に押されるスタンプの名前も、通常は旧姓のままなのだ。

 基本的に図書館で管理人の仕事をしているトトは、神威優子の顔を知らなくて当然だった。


「ごめん、トトさん……よくわからないんだけど、優介伯父さんも死書官だったって、ことで間違いない?」

「ええ、そうよ。そこでソレを椅子に縛り付けている男は、上級死書官。それも、違法死書を調査している組織のおさよ」



 トトが窓を直している間、


「うちの可愛いコトちゃんに手荒なことをしやがって!!!」


 っと叫びながら、優介は椅子にまだ気絶していたソレを縛り付けている。


 ことはが酷い目にあったと勘違いしているようだ。

 実際は、ただ逃げないように縛られていただけで、傷つけられたりはしていないのだけど……


「それじゃぁ、優介伯父さんは、ママがいなくなった理由を……知っていたの? 知っていて、黙っていたの!?」


(ずっと……ずっと……ママが急にいなくなって、どうしてなのか誰もわからなくて…………もしかしたら、わたしのせいだったんじゃないかって————ずっとずっと、不安だったのに……!!)


 いつも可愛がってくれる伯父を慕っていたのに、嘘をつかれていたのだと思い、ことはの目から悔しくて、悲しくて涙が流れる。


「こ……コトちゃん!!?」

「伯父さんのバカ!! 大っ嫌い!!」

「だ……っ!?」


 真っ青な顔で優介は慌てて、泣き出してしまったことはをなだめようと必死になっている。

 いつも冷静沈着な男だと思っていた上級死書官のこんなに慌てた姿を初めて見たトトは、珍しい光景にパチパチと瞬きをした。


「違うんだよ、コトちゃん! 俺も知らないんだ……優子が違法死書について調べていた時のメンバーは半数以上が違法死書の被害にあってしまって……どうしていなくなったのかまでは……————」

「そうだよ、こいつは何も知らなかった。優子がいなくなったのは、あのカギを使ったからだってことも……」


(え……?)


 いつの間にか、目を覚ました奏は、不機嫌そうな顔でことはに言った。


「優子がいなくなったのは、ぼくのあのカギを使って、時の彼方へ行ったからって事も」









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