043 「一旦、しばくね!」「ひと思いにヤっちゃって」
「朗報だ! 朗報だぜ! 持ってきたぜ俺が、朗報をよぉ!」
スイパラに行った翌日。朝、一時間目が始まる前のことだ。
峰岸が僕の元に駆け寄り、叫んだ。
「まずはこちらをご覧しやがれ、相棒」
「おー、急転直下の命令口調に聞く気も失せたな」
「いいから、見ろっての!」
峰岸が、机の上でスケッチブックを開いた。
それで僕の記憶は、一瞬にして夏前に遡った。
「おー、その顔。思い出した、って感じだな」
「ああ……思い出した。いまとなっちゃめっちゃ懐かしいな、それ」
ああ、と峰岸が肯く。
そのスケッチブックが話題に上がったのは、五月のことだ。具体的に言えば、僕がびちことゼロ回目の出会いをした直後だ。たしか峰岸は、僕からびちこの情報を訊き出して、そのスケッチブックにまとめていたはず……。
「とりあえず、おさらいだ」
そう言って、峰岸はスケッチブックを開いた。
「その聖女は、たしか半袖のセーラー服を着ていたんだよな。で、時期は五月。その頃、俺らの高校は夏服に衣替えする前だった」
「……だね」
「っつーことで、名探偵俺の推理が始まった。聖女が通う高校は衣替えが早い、あるいは自由制服なんじゃねーかってな。で、だ。実は昨日な、近隣の高校を調べてみたんだ。で、見つけた」
「は……!? ちょっと待て、峰岸」
「なんだよ、水を差すな」
差すよ。水でもお湯でもマグマでもなんでも差したくなるだろ。
お前、いつの間にそんなこと……。
「あ? ったりめぇだろ。お前の童貞がかかってんだ。力になりてぇって思うのが、親友ってもんじゃないか?」
「親友のために、そんなライン越えの行動を……」
「ライン越えだあ? 違うね、俺はなにも踏み越えちゃいねぇ。ま、でも。しいていえば……」
そう言って、峰岸は得意げに微笑んだ。
「お前からすればラインの向こう側、彼女持ちの世界に行っちまったのかもしれんな」
「死ねやカス」
***
友達に「死ね」なんて言ってはいけません。絶対にな!
それはさておき、峰岸は本当のことを言っていたらしい。
スケッチブックの左ページには、お世辞にも上手と言えない女子高生の絵……びちこだろう......が描かれており、右ページには「五月に衣替えがある高校(セーラー服)」と「自由制服校」の名前が箇条書きに書かれていた。その数、少ない。たった三校だ。
峰岸の顔を覗き込む。さきほどから、こいつはしたり顔のまま。癪に障るニヤケ顔だが、机の上の成果物を見てしまえば、その表情を浮かべたくなる気持ちだって、分かってしまう。
ガチだ。峰岸は、ガチで見つけてきたのだ。びちこを見つける、特大ヒントを。さらには、
「いいか。俺調べによると、衣替えが早い高校は隣町の『ルナソル女学院』だけだ。だが、ここは違ぇと思ってる。なんてったって、距離が遠い。お前がその子と出会ったのは、この街のタバコ屋だろ? それにしてはルナソルの校舎は遠いんだ。お前らが出会った時間帯的に、その子が早退でもしてねーとタバコ屋で出会うのは物理的に不可能なんだよ」
で、だ。と峰岸は続ける。
「そういうことも考慮に入れると、候補はもっと絞られるってわけだ」
峰岸が、スケッチブックの右ページに書かれた学校名を人差し指で指した。
「この街の自由制服校。隣の『私立伊月西高校』と、ちょっと離れたここ……『常磐北高校』。どうだよ、二択まで絞れたぜ」
「……悔しいけど、すごいよ」
「なっはっは。だろ? 将来の夢が探偵の俺に死角はないってわけよ」
峰岸の将来の夢が探偵だなんて初めて聞いた。し、絶対いま考えたでまかせだ。なんで、そこはいったん無視した。
「さあ、どっちから攻めるよ?」
「……」
「……っと、あれだ。その前に、確認しなきゃいけないことがあったな」
「なに?」
「お前の気持ちだよ」
そう、峰岸が言ったときのことだった。
何やら突然、視線を感じた。視線……いいや、殺気? とにかく重たい気配を正面から感じたのだ。
目の前には峰岸がいる。でも、その殺気の出所は彼じゃない。その向こう側。
峰岸の背後。
「は~る~きぃくぅ〜ん」
そして、聞き馴染みがありすぎる声。もっと言えば、峰岸を晴喜呼びする女子は限られていて、というか峰岸と仲のいい女子なんて数えるほどしかいないから、二択に絞るまでもなく、答えは単純明快。
その声に、峰岸が振り返る。そこには鬼の形相を浮かべた、彼の彼女が立っていた。
なずなだ。
「は、畑な……」
と峰岸が呼びかけるよりもはやく、なずなは頬を膨らませて叫んだ。
「なぁああああんで先行っちゃうかなあ! 朝練ない日は一緒に登校しようって言ったじゃん!!」
峰岸は、なずなに背中をぽかぽかと叩かれながら言う。
「ごめんって、いやさ、今日は大事な用事が……すまん、陽平! 一旦、戦線を離脱する!」
「や、ぜんぜん構わん」
「岡崎くん、ごめんね! 一旦、晴喜しばくね!」
「それも構わん。ひと思いにヤっちゃってくれ」
「親友を見捨てんのかよ、それはねぇぜ!」
ぎゃーぎゃー喚きながら、峰岸はなずなに引きずられて行く。
ふぅ。朝からバカップルを拝見。心安らかなり。
──という、安寧に満ちた心をざわつかせたのは、峰岸の去り際の言葉だった。
「いいから、あとで聞かせろよな! お前の気持ち!」
そして、
「セーラー服の子……その子のこと、どこまで本気かってのをよぉ!」
***
どこまで本気か。
アイツ、去り際に爆弾を投げていきやがった。
びちこのこと、どこまで本気か。
それは「会いたい」という気持ちの硬度の話だろうか? だとすれば答えは簡単だ。強い意志で持って、僕はびちこに会いたい。会いたくなっていた。
だって彼女は心の支えだ。孤独な夏を、彼女のおかげで乗り越えられた。
それだけじゃない。びちこの言葉があったから、楓との件も、一歩踏み出せたのだ。楓と約束ができたのだ。ちゃんと幼馴染になろう、って。僕たちなりの距離感を見つけようって。おかげでいま。僕の毎日は、憂いなく回っている。
いわば恩人だ。恩人に会いたい、そう願うのはいたって普通の心理じゃないか。疑う余地はない。
……って、ごまかしの言葉がいくつも頭に浮かんで、被りを振った。
そういうことじゃ、ないんだろうなあ。
スイパラでの峰岸の言葉を思い出す。
「お前、恋しちゃったわけだ」
そういうことを尋ねられているんだろう、僕は。
試されているのだ、峰岸に。
「…………」
正直言えば、分からなかった。この気持ちが「会いたい」以上の感情かどうか判別つかなかった。
一時間目の英語の授業中に考えていたのは、そんなことだった。
まったく、真面目に授業受けろ、って感じだよな。でも、目下最大の問いは、黒板に書かれた英文法の正しい用法じゃない。びちことのことだった。そっちのがよほど難問で、一向に答えが出ない問い。前回の英語のテストで赤点ギリギリだったことを差し引いても、そう思う。ちなみに赤点の答案用紙はまだ親に見せていません。だって怖ぇもん。
さて、この感情をなんと呼べばいいんだろう。
そう考えたときに頭に浮かぶのは、やっぱり楓のことだった。
僕の人生のうち、恋をした相手は楓だけだ。楓以外のことを好きになったことがない。
だからもしかしたら、簡単な話なのかもしれない。びちこへの思いは、楓以上なのか以下なのか。
それを考えればいいのかもしれない──けれど、楓のことはもう恋愛対象として見ないって決めたわけだし……
ぐるぐると思考は巡る。時計の針も回る。
気づけば、一時間目の授業が終わってしまっていた。
二時間目は体育があった。だから僕は峰岸と一緒に教室の外へ出ようとした。
その時、だった。
扉の前で僕は、
「……あ、いた! あの、ごめんね急に。ちょっと用事があって」
「えっ、ああ……どうしたの」
「いやぁ、えっとねぇ。それが、」
小山楓──幼馴染に声をかけられた。
楓は僕の目を見て、ただ一言、
「借り物競争で、来た」
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