第26話 尻尾ギュウギュウ?
ダンジョンの七層まで戻ってくると、地図スキルでランガ達がこの階層を探索しているのが分かった。四人ずつのパーティーに分かれて別々に探索を進めているようだ。
俺は彼らに合流しようと移動を始めたが、すぐに彼らが探索を終わらせたのだと気付いた。どのパーティーも六層への階段付近へ向かっていたのだ。時間的には少し早いが無理をせずに今日の探索は打ち切ったのだろう。
俺も彼らの向かっている階段で合流しようと移動を始める。俺が階段に到着するとすでにランガのパーティーが到着していた。
「よう、今日の探索は終わり……かな?」
ランガに話しかけたのだが、彼は疲れ切った表情をして、なぜか俺を睨みつけてきたのだ。
「この階層には採取できる素材も魔物一匹いなかったからな!」
そ、そういえばきのう俺達が根こそぎ採取して、魔物も殲滅した記憶がある。
「お、お前に頼まれた、ろ、六層の蜂系の魔物はいなかっただろ?」
ランガに頼まれたのは六層のことだけだ。七層のことは何も言われた覚えもない。それでも何もない七層を探索したランガ達のことを思うと、動揺して答えてしまった。
「ああ、六層は順調に探索できたよ。テンマ達のお陰で蜂系の魔物はいなかったからな。今日は気合を入れて朝から七層を探索していたんだがな……」
俺は悪くないだろ!
まるで俺を責めるようにランガ達が睨んできた。反論しようとしたが、いつの間にかジートやズラタン、それにグスト達のパーティーも次々と戻ってきた。彼らも疲れ切った表情をしていた。
「七層まで探索するなんて知らなかったなぁ~!」
くっ、なんで俺が卑屈な態度を……。
それから俺は暑苦しい男達に囲まれながら話し合った。
彼らも俺達が六層で蜂系の魔物を殲滅していたことで、予想以上に順調に探索が進んだらしい。たった一日で根こそぎ採取して、今日は七層でも同じように採取できるのかと朝から気合が入っていたようだ。
彼らも俺を非難する権利はないと分かっていたようだ。七層探索に気合が入っていたので、複雑な気持ちで表情に出ていたようだ。
彼らの顔は不満そうだが、俺を責めるようなことは言ってこなかった。チクチクと愚痴を溢してはいたが……。
雰囲気を変えようと俺はランガ達に提案する。
「そうだっ! ダンジョン攻略祝いで今日はバーベキューにしよう。十一層の海で美味しそうな魔物もたくさん獲れたから、みんなで食べよう!」
「「「ダンジョン攻略!」」」
ダンジョン攻略と聞いて固まっている彼らを放置して、バーベキューを準備するためにルームに入るのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
ジジにバーベキューの準備を手伝ってもらおうと考えながら、リビングに移動する。そこにはヒトシル(獣人姿のシル)がジジとミーシャに説教されていた。
「シルちゃん、お風呂では人の姿はダメと言ったでしょ!」
「今度やったら、尻尾ギュウギュウの罰!」
「で、でも」
「「ダメ!」」
「わかった……」
ジジとミーシャに叱られて、ヒトシルは涙目で俯いてしまった。
俺は何があったのか何となく想像できた。
たぶん三人で風呂に入ったのだろう。当然ジジとミーシャはモフシル(ウルフ姿のシル)と風呂に入ることにしたはずだ。そしてヒトシルにならないようにシルに注意した。だがモフシルは風呂に入ってからヒトシルに姿を変えたのだろう。
その光景が目に浮かぶようだ。シルは俺の影響で風呂に入るのが大好きだ。風呂で舞い上がったモフシルは深く考えずにヒトシルになったのだろう。
それを見て一緒に風呂に入っていたジジとミーシャはどれほど驚いて、どれほど叫んだのだろうか……。
シルもこれから大変だなぁ……。
これまでは癒しペット(雄)キャラであったシルも、これからは癒しの弟(男の子)キャラになる。だがまだシルは三歳の魔物だ。女の子の気持ちなど分からないだろう。
それに獣人の子供の罰は、お尻ペンペンではなく尻尾ギュウギュウなんだ。
見てみたい気もするぅ~。
「二人ともまだシルは子供だ。許してやれよ」
ミーシャ「子供だからお姉ちゃんが教えてるだけ!」
ジジ「テンマ様、こういうことは始めが肝心です!」
シル「テンマァ~」
ヒトシルは俺に助けを求めるように抱きついてきた。可愛いい弟を守ってやりたくなる。
しかし、ジジとミーシャの冷たい視線が……。
「シル、お姉ちゃんの言うことは守らないとダメだぞ!」
シル、ゴメン!
可愛いい弟を守ってやりたいが、二人を敵にすることは……。
シルは悲しそうに俺を見上げてきた。
俺は誤魔化すように本来の目的を話し始める。
「そ、それより、ランガ達とバーベキューをすることになった。準備を手伝ってくれるかい?」
ジジはすぐに返事してくれた。二人でキッチンに向かおうとするとミーシャがヒトシルに話しかけていた。
「お姉ちゃんと一緒にランガの所に行こう?」
それならルームの扉を開いてやろうと思った。だが、そこで気付いた。
「なあ、シルをその姿で連れていくのか?」
「もちろん!」
ミーシャは嬉しそうに胸を張って返事した。すでにシルの手を握っている。
いやいや、その姿を見せて大丈夫か?
「リディアはトラブルにならないように名前を変えているだろ。シルも名前を変えるとかして正体がバレないようにしないのか?」
ミーシャは少し考えてから答えた。
「……リディアはドラゴン。シルは問題ない!」
何となく言いたいことは分かるが……。
「こんな可愛いシルだぞ。攫われたりしたらどうする?」
「そんな奴は私がやっつける!」
おうふ、本気で言っているよぉ~!
ミーシャから殺気が滲みだしている。
まあ、面倒だから構わないかぁ~。
俺の可愛い
俺は黙ってルームの扉を開くと二人を外に送り出したのである。
◇ ◇ ◇ ◇
ジジとバーベキューの準備を終わらせてルームから出ると、そこは熱気に包まれていた。
「おい、そんな子供に負けてんじゃねぇ!」
「シル~、大怪我させない程度にねぇ」
ヒトシルはミーシャの訓練用短剣を手に持ち、鋭い視線でグストと対峙していた。よく見るとすでに何人か倒れている冒険者もいる。
何をやっているのかなぁ?
声をかけようとしたら、シルが真っ直ぐとグストに向かって走り出した。グストはシルを木剣で薙ぎ払うように斬りかかる。シルはそれを軽く跳んで躱すと、短剣ではなく頭からグスト突っ込んだ。グストは避けきれず、シルの頭突きを顔で受け止めてしまった。
それでも体重の軽いシルの頭突きだったからか、グストは痛そうにしながらも剣を放り出してシルを掴もうとした。しかし、シルはグストの首を掴んで背後に移動すると、グストの首に短剣を押し付けた。
「ま、まいった」
グストが負けを宣言すると、一斉に周りから歓声が起きた。
「むふぅ、シルは私の弟!」
いやいや、それは関係ないと思うよ、ミーシャちゃん。
シルはフェンリルに種族進化して軒並み能力値が上がっている。ヒトシルになると使えないスキルもアリ、それらはグレイ表示になっている。能力値もヒトシルになると半減しているが、それでもシルバーウルフのときより能力値は高い。
シルの素早さについていけるのは……、俺とミーシャぐらいかなぁ。
「やるじゃねえか、坊主! やっぱり狼獣人は最強だよな!」
ランガが嬉しそうにシルを褒めていた。ヒトシルが狼獣人の姿だから仲間意識があるのだろう。
「あっ、テンマ!」
むふぅ、お兄ちゃんが一番だよね!
シルは俺に気付いて走り寄ってくる。その姿がまた可愛くてお兄ちゃんとしては嬉しい。
「お腹空いた。早く食べたい!」
……ヒトシルになっても、食いしん坊は変わらいようだ。
その日は海鮮バーベキューで盛り上がり、翌日には地上に戻ったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます