第13話 ランガとミーシャ
俺は朝から色々の人達からお礼を言われ戸惑っていた。
お礼を言われることは悪いことでもないが、何のお礼なのか尋ねても、誰も理由をハッキリと答えてくれなかったからだ。
昨日の夜は久しぶりに会ったのに、ズラタンとジートは帰ってしまい、夕食はサーシャ一家とだけ食べた。
ランガとゆっくりと話をしたいと思ったが、食事中にサーシャがランガに耳打ちをすると、ランガは少し赤い顔をして慌てたようにガツガツと食べ始めた。そして食事が終わると夜はお開きになってしまったのである。
朝食でランガはずっとニヤニヤしていて、食後に俺の手を握り、お礼を言ったきたのである。
「テンマ、家の中を色々と手を加えてくれてありがとう! 特に寝室は、あっ、いや、それも含めて本当にありがとう!」
「????」
寝室のベッドのマットレスをスライムジェルで作ったマットに変えたから、寝心地は良くなったと思う。
しかし、頬を赤くして感謝することでもないはずだ。それによく寝れたのなら、ランガの目の下に隈があるのが変だと思った。サーシャさんは艶々になっている気もするが……。
今も練習場に向かって歩いているが、冒険者の男達が次々と握手してお礼を述べてくるのだ。
冒険者にはお土産も渡していない。不思議に思って尋ねると、相手は困った表情になり、トイレの魔道具のことを褒めてきた。
トイレの魔道具はトイレだけではなく、体や服も綺麗になる。冒険者は汚れるし、開拓村ではクリアの魔法まで使える人は少ない。
確かに感謝されても変ではないが、お礼の熱意が強すぎて不思議に思っていた。
気にしても仕方ないと諦め練習場に向かう。
実はミーシャがランガと訓練をしたいと言い出したのだ。ランガもミーシャがどれほど強くなったのか試してやると言っていた。
まあ、ランガは勘違いしているみたいだけど……。
ランガはミーシャが王都で活躍したことは聞いていたらしい。しかし、それは有名な冒険者であるバルガス達の協力があってのことで、ミーシャはそれほど強くなっているとは思っていない様子だった。
ランガも自分が強くなったと思っているが、ミーシャは脳筋訓練のせいでとんでもないことになっているのだ。
ランガよ、能天気な君は笑いの才能があるぞ!
俺はこの後の模擬戦での結果を考えて、ランガのこの後の運命が見えた気がした。
◇ ◇ ◇ ◇
練習所に到着するとジートとズラタンがすでに待っていた。
「ようテンマ、嫁のお土産ありがとうな。子供もすぐできそうだぜ!」
んっ、子供ができそう?
ジートも最近結婚したことはサーシャさんに聞いていたが、お土産と子供が繋がらない。まだジートにはお土産を渡していないので、さらに疑問が深まる。
お土産-サーシャさん-嫁……下着-夜の生活-子供!
そういうことかぁーーー!
ようやく朝からの疑問が解消した!
「あ、ありがとうございます! 三人目が作れそうです……」
ズラタンも恥ずかしそうに話した。ズラタンの横には以前に見たことのある狸獣人の女性がいて、小さな熊獣人の男の子と狸獣人の子供が足に抱き着いているのに気付いた。
うん、好きにして!
くぅ~、なんかズラタンに負けたような気がするぅ~!
よく見ると練習場にいる冒険者の男達は目の下に隈があり、なんか艶々と元気そうな女性達も見かけた。
「ミ、ミーシャ手を抜いてやれよ!」
俺は色々なことを振り払うようにミーシャに声をかける。
「んっ、ランガは本気でやれと言ったよ?」
ミーシャは不思議そうに聞き返してきた。
いやいや、ミーシャはA級でランガはB級でしょうがぁ!
「おいおい、俺のことを馬鹿にしすぎだぞ。お前は別格だから仕方ないが、ミーシャは俺の教え子でもあるんだぜ!」
いやいや、それはボロ負けするフラグだよぉ!
勘違いしているランガが気の毒になる。
「みんなぁ、俺の実力を見せてやるぞぉ!」
「「「おおおう!」」」
くっ、あまりにもお約束すぎる!
いや、もしかしたらミーシャに花を持たせようとしているのか?
「いいか俺の教えた訓練を続けると、どれほど強くなるのか見てろよ!」
おいおい、それは俺がお前に教えた訓練方法だろうが!
ランガは訓練用の刃のない槍というか棒を持って、練習場の真ん中に歩いていった。
ミーシャは訓練用の短剣だけ持ってランガの前に立つ。
「ミーシャ、本気でこないと怪我するぞ!」
「んっ、わかった!」
ミーシャは笑顔で気合に入っていない返事したが、目は本気だった。
「かかってこい! グヘェッ」
グシャ、ゴロゴロ、バコンッ!
ランガの声と同時に、ミーシャは一瞬でランガの横に回り込み蹴りを放った。ランガは見えていなかったみたいだ。まともに蹴りが脇腹に入り、そのまま吹き飛ばされた。地面に叩きつけられ転がって、最後は投擲用の的にぶつかった。
練習場は静寂に包まれていた。
たぶんミーシャの動きが見えていたのは俺だけだろう。
お約束すぎる展開に、俺は笑いを堪えるのに必死になった。ミーシャはランガが反応すらできないことに不思議そうな顔をしている。
「パパァーーー!」
メイが心配そうな上げた。確かにランガは相当なダメージを受けたはずだ。
「パ、パパは大丈夫だよ。ウグゥ」
おお、根性を見せてくれる!
ランガは明らかに手や足、それに肋骨も折れていると思う。それでも棒を杖代わりにして立ち上がってメイに笑顔を見せたのである。
「みんな、見たなぁ。これが、ガッ、俺に訓練法を教えてくれた、テンマと一緒にいた、ウグゥ、……ミーシャの実力だ!」
おお、まさかそんな風に誤魔化すなんて思わなかったぁ!
ランガの強がりに、ある意味感動した!
メイがそれでも心配そうな顔をしていた。俺はランガに近づいて耳打ちして治療を始める。
「うまく誤魔化したねぇ。治療するけど少し痛いよ?」
「ああ、頼む。立っているのがやっとだ」
ランガ余裕がないのだろう。強がりを言わなかった。
「グフッ、痛すぎるぞ!」
「骨が変な方に曲がっていると、そのままくっつくとまずいから我慢して」
俺は手や足、それに肋骨とか鎖骨の骨を正常な位置に戻した。ランガは必死に声を出さないように我慢していた。最後にハイヒールを使ってランガの怪我を治した。
「どうだ、メイ、パパは大丈夫だぞぉ!」
回復させるとランガはメイのほうに走り寄って自慢する。メイは泣きそうだったが、ランガの無事を確認して笑顔になった。
「もぉ~、メイは心配したのぉ~!」
「パパにはメイがいるから不死身なんだ!」
うん、ランガは凄いと思う!
親バカで見栄っ張りだが、それを貫きとおすところは素晴らしいと思う。
「ランガ、今度は本気でお願い!」
ミーシャのその天然っぷりも凄いと思うぞ……。
ランガは涙目で俺に助けを求めるように見つめている。
「ミーシャ、冒険者全員と訓練をしろ? 倒すのではなく訓練だから相手の実力を引き出すようにしろよ?」
「それは私には無理。テンマがやって」
即答かよ!
まあ、ミーシャにはそんな器用なことはできないよねぇ。
◇ ◇ ◇ ◇
「ジート、腰が引けているから攻撃を受けるんだ。痛みに慣れろ!」
練習場に集まっていた村人はあまりにも激しい訓練に引いて帰ってしまった。今は気合の入った表情の冒険者達が、次々と俺に攻撃を仕掛けてくる。
ドゴォン!
ズラタンは構えた盾に俺の蹴りを受けて吹き飛ばされた。
「受けられない攻撃は盾で受け流せ!」
バキィ!
ランガは横合いから槍で突いてきた。俺は槍を受け流して、前のめりに体が流れたランガの腕に訓練用のショートソードを振り下ろした。ランガの腕はその一撃で骨折した。
「ランガ、勢いだけで攻撃するんじゃない! 姿勢を崩さず重い一撃を放て!」
最初は怯えて腰の引けた攻撃をしていた冒険者達も、怪我しても俺が回復すると理解すると、徐々に気合が入ってきた。
良い攻撃や防御をすれば怪我しないように俺はしていたので、それぞれが自分の限界で戦えるので短い時間でも成長がみられた。
「よし、治療するぞぉ!」
大半が動けなくなったので治療を始めた。俺は怪我の重い順にヒールやハイヒールで治していく。
「怪我しない程度にしてくれると助かるんだがなぁ。イテッ」
ランガの折れた腕を強引に真直ぐにしてから回復させる。
「HPが減るような怪我をすると、HP最大値の底上げや物理攻撃耐性や痛覚耐性、それに精神耐性などの耐性系のスキルが取得できるんだ。ミーシャを見てみろ。怪我しても笑顔になっているぞ!」
いつの間にか訓練に参加していたミーシャも、腕が変な方向に曲がっている。だが、不気味ともいえる脳筋笑顔を見せていた。
「あんな風にならないと強くなれないのかぁ……」
引きつった表情でランガがそう呟くと、他の冒険者達も引きつった顔で頷いていた。彼らはミーシャのあの笑顔に恐怖を感じているようだ。
「ま、まあ、強くなることに喜びを感じないと、あそこまではな……」
研修時代に俺もミーシャと同じような表情をしていたなぁ。
今日の訓練だけで耐性系スキルを取得した連中も多いようだ。ギルドカードを見て喜んでいる連中もいる。
それから俺は開拓村に滞在している間に、何度も同じような訓練をした。
冒険者からは師匠と呼ばれるようになり、村人からは恐れられるようになったのであった。
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