第4話 社畜とアーリンと王女

ついにこの世界の12月を迎えた。何となくこの国の気候は日本に似ていると感じる。


年越しはゆっくりとこの国で過ごそうと思っていた。しかし、今はこの国を早く出たいと考え始めている。


あれからどれぐらい過ぎたのだろう……。


闇ギルドの拠点を浄化した翌日には、我々の王都の拠点が完成した。


その2日後には魔術師&錬金術師の研修施設が完成、その二日後には冒険者&兵士用の研修施設も完成した。

その翌日には幹部用の住居が完成した。そしてエクレアさんは我々の拠点から引っ越し、ネフェルさんもそこに引っ越してきた。


そしてその3日後には地下に訓練施設を造り、地上部分は研修者用の宿舎も完成したのだ。


さらに翌日にはバルドーさん専用の裏組織建物バッチコーイ向けの建物も完成した。こちらは建物だけで、3階だけバルドーさん専用スペースにしただけである。


大浴場を数ヶ所造ったので、みんなからの評判は非常に良い。しかし、内装は普通に職人に頼むようにお願いしたので、最近は人の出入りが多くなった。


木材や石材などもバルドーさんの指示で色々な場所に採りに行った。


ようやくゆっくりできると思っていたら、隣の区画を王宮から提供されたとバルドーさんに言われたのだ。


午後から社畜生活が続くと思うと涙が零れそうになる。


朝まで働いて、昼まで寝る生活が続いている。みんなと時間が違うので、シルやピピは一緒に寝てくれないのでストレスが溜まっている。


バルドーさんにはこれ以上仕事を増やしたら、明日には姿を消すと言うと、これで終わりだからと言われたのである。


12月に入ったらのんびりしようと思っていたのにできそうもない。何気にあのドロテアさんですら忙しく働いているのである。


速攻で残りの作業が終わったら、王都から逃げ出して暫くゆっくりと旅がしたい。最近はそんなことばかり考えている。


ロンダから王都までは土木工事の作業があったが、何も用事のない旅をしたい。


今日は午後から教会に行って、知識の部屋の設置をお願いをする予定である。教会に行ってテラス様と会ったら、愚痴を溢しそうで怖い。



   ◇   ◇   ◇   ◇



寝起きに不満が溢れてしまったが、1階のリビングに下りていく。


足音に気が付いたのか、シルが近寄ってくる。


ふふふっ、愛い奴じゃ!


食事前にシルモフを堪能するのが日課になっている。シルと一緒にリビングに入ると、シルモフスペースに直行する。


そしていつものようにシルモフを堪能する。


最近は暫くシルモフを堪能していると、少ししてからジジかアンナが食事の準備ができたと呼びに来る。


毎日、同じ時間に起きてくるので、それに合わせてくれているようだ。


今日も誰にも邪魔されず至福の時間を過ごす。


「ちょっと! その子は私がモフっていたのよ。勝手に取らないで!」


んっ、至福の時間を誰が邪魔するんだ?


シルモフをしながら片目を開けて確認すると、見たことのない美少女が何故か怒ってこっちを見ている。


俺は返事するのも面倒で、無視することに決める。


「ふふふっ、シルのモフモフは最高だぁ~!」


思わず呟いてしまう。


「いい加減にしなさい! 私の話が聞こえないの!」


「ほれ、ここか? ここが気持ち良いのか!?」


シルの首筋を撫でながら、感触を楽しむ。


「キィーーー! あなた、私にこんな無礼な事をして、どうなるか分かっているの!」


そんなこと知るかぁ! 頼むから至福の時間を邪魔するんじゃない!


「覚悟なさい! ジジ、ジジは居ないの!」


なんだ!? なんでこいつがジジを呼び捨てにしているんだ!


「はい、お呼びになりましたか? あっ、テンマ様、おはようございます」


「お、」


「ジジ、この無礼者のことをすぐにドロテア様に伝えてちょうだい!」


俺がジジに声を掛けようとしたのに邪魔をしやがった!


それにジジに当然のように命令するのが納得できない。


べ、別にジジが盗られたようなような気になって、腹を立てのではない……、たぶん。


「えっ、あの、でも……」


「使えない子ね、アンナ、アンナは居ないの!」


あ゛、こいつはジジを侮辱したのかぁ!


ジジが涙目になっている。また、どす黒い何かが溢れてきそうだ……!


「お呼びでしょうか? あっ、テンマ様、おはようございます!」


「何を挨拶しているの! こいつが無礼を働いたのよ。すぐにドロテア様に伝えてちょうだい!」


ヤバい! 抑えきれそうにない!


「黙りなさい! 無礼なのは貴女でしょう!」


あれ、アンナが先に!?


「えっ、なにを……? メイドが私に……!?」


美少女は混乱している。ジジも驚いている!? 俺も驚いている!


「テンマ様、この女はすぐに放り出しますので、食事されてはどうでしょうか?」


え~と、どうしよう……。


アンナが先に怒ったみたいで、どす黒い何かが引っ込んじゃった……。


「あぁ~、テンマせんせぇ~!」


そこに懐かしい少女がリビングに入ってきた。俺のことを先生と呼ぶのは一人しかいない。


「アーリンか、久し、」


「アーリンさん、この無礼者を知っているの!?」


俺の話をぶった切り、美少女がアーリンに話しかける。また、どす黒い何かが……。


「無礼者は貴女です!」


うん、俺のどす黒い何かは引っ込んだ!


代わりにアンナがどす黒い何かを漂わせている。


「メイドが私にそんな口の利き方を!?」


「えっ、なに、どうしたの!?」


美少女とアーリンが2人そろって混乱しているようだ。


「出ていきなさい!」


アンナが追い打ちをかける。


「アンナ、待って! 私はシャルロッテ様を紹介したわよね。それなのにそんな口の利き方は失礼ですよ!」


「アーリン様、シャルロッテ様はテンマ様を無礼者扱いしたのですよ。それが許されることだと言われるのですか!?」


アーリンは驚いた表情で、俺とシャルロッテと呼ばれた少女を交互に見る。


「またアーリンが勝手に連れ込んだのかぁ。今度は1年、いや、2年はピピと訓練が必要だなぁ」


俺は冗談でアーリンに話した。


「待って! 先生、待って下さい!」


「アーリン、もう俺は先生じゃないよ。それより俺の唯一の癒しの時間を、美少女こいつが邪魔をしたんだ。今の俺にとって、本当に大切な時間なんだ。

わかるかい? 毎日、毎日、昼から翌日の朝まで必死に働いて。みんなと時間が違うから、シルもピピも一緒に寝てくれない。だから起きたらシルモフをするのが俺の唯一の癒しの時間なんだ!

それを邪魔する奴は絶対に許せない!

それだけじゃない。なんでジジやアンナに美少女こいつが命令をするんだ!?」


「ああぁ、待って下さい! 勝手に連れ込んだのではありません。大伯母様ドロテアが一緒に行って良いと……。お願いです。ピピちゃんとの訓練だけは……。

また……、また、あの地獄の日々が、いいえ、違うわ! ピピちゃんどころかピョン子にも勝てなくなったのに……。グスッ、わーーーん!」


アーリンが大きな声で泣き始めてしまった。久しぶりにアーリンと会ったのに、こんなことになるとは……。


それにアーリンはピョン子に勝てないの?


「何事ですかな?」


うん、良いタイミングでバルドーさんが来てくれた。



   ◇   ◇   ◇   ◇



バルドーさんが来て、それぞれの言い分を聞いてくれた。


なんと美少女シャルロッテはこの国の王女様で、学校でアーリンと同じクラスで仲良くなった。そしてドロテアさんの所に一緒に顔を出したようだ。


アーリンは何度も俺を訪ねたが、宿に泊まっている時はいつも俺が居なかった。ここへ越してからは壁の中に入ることができず、ようやく出入りが許可されたのだ。


ドロテアさんが許可して、アーリンを良く知るジジが応対したことで、拠点の中に入れたのだ。


そして久しぶりにピピが訓練したいと言い出したが、D研にはさすがに俺の許可が無いとシャルロッテは入れない。

それでもピピが悲しそうな顔をしたので、シャルロッテはここで待つと言い、少しだけアーリンと訓練しに行ったのだ。


やることのない王女がシルのモフモフを楽しんでいたが、突然シルが逃げ出して、気が付くと俺とシルがリビングに入ってきた。


俺はシルモフに意識がいっていたので、シャルロッテの存在に気が付かずシルモフを始めてしまった。


それをシャルロッテが見て、後から来た俺がシルモフしているのが不満で抗議したのである。


俺は悪くない!


相手が王女だったのはまずいが、シルは俺の従魔であり家族だ。


「だいたい、なんで俺が辛い思いをしていると思うんだ。王宮から変な依頼が無ければ、今日からのんびりと過ごせたじゃないか!

この国の国王は人に仕事を頼んでおいて、俺の癒しの時間を邪魔するなんて最低だ!

どう考えてもそんなこと許されるはずがない!

そうだ、俺は間違っていない! 国王の頼みでも絶対に仕事なんかやるもんか!

うん、旅に出よう。この国に戻ってこなければ良いんだ!

よし、今晩逃げ出そう!」


心の中で不満をぶちまけて、少しスッキリした。少し冷静になれたので、改めて話をしようと顔を上げる。


「もちろん私も一緒に行きます!」


えっ!?


アンナが俺を見て言った。心の声が伝わった!?


「私とピピも一緒に行きます!」


あれっ、ジジにも聞こえたの? もしかして念話で漏れてた!?


「テンマ様、私から国王に抗議します。だから逃げ出すのはお止めください!」


バルドーさんまで!


「私が悪いんです。いつも私が悪いんです! わーーーん!」


アーリン、お前もか!?


なんか変じゃね?


「お、お待ちください! すべての原因は私にあります。どんな罰でも受けます。だから国王ちちからの依頼を止めるのだけは、どうか、どうかお許しください。グスッ、私のせいで国王ちちや国民に迷惑を……。まさかあなたが……、お願いしますぅ。わーーーん」


ええぇ、王女まで泣きだしたぁ!


なんで王女のシャルロッテまで心の声が!?


あっ、もしかして!


「バ、バルドーさん」


「はい、どうかお許しを」


いやいや、頭を下げなくても!


「もしかして、声に出ていましたか?」


「えっ、はい、テンマ様のお気持ちをハッキリと聞かせてもらいました」


のぉぉぉぉぉ!


前世で辛いことが会った時の、『心の中で不満をぶちまけて忘れよう』作戦がぁ!


まずい、まずい、まずいーーー!


うん、全部聞かれていたようだね。


この事態をどう収拾すれば良いのだろう。

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