第24話 ネフェル無双

俺はバルガスと狐の守り人フォックスガーディアンと一緒に朝一番で冒険者ギルドに向かった。


ジジとピピ、それとミーシャとアンナは宿に残っている。

ジジとアンナはメアリさんから料理を習い、ピピとミーシャはシルと一緒にD研で訓練するそうだ。ハルも今回は宿に残り基本はジジ達と一緒に行動してつまみ食いでもするつもりのようだ。


ドロテアさんとマリア、エクレアさんは魔術師ギルドと魔道具ギルドに昨日の件で行くことになった。


俺達が冒険者ギルドに入るとすぐにネフェルさんが現れた。


「テンマ君、お疲れ様です。すでにギルドマスターには連絡を入れてありますので、こちらへどうぞ」


はやっ!


満面の笑みでネフェルさんに声を掛けられたのだが、俺達は冒険者ギルドに入ったばかりである。


認識阻害も効果ないじゃん!


認識阻害の魔道具を使っているにもかかわらず、バルガスではなく俺に話しかけてきた事にも驚いた。確かにバルガスと一緒に居れば俺だと推察できるから、ネフェルさんに気付かれる可能性もあるけど、早すぎるのである。


バルガスや狐の守り人フォックスガーディアンも驚いた表情をしている。


そ、それと、案内するのに俺の手を握って連れて行くのは止めてくださ~い。


知り合いのおば…ゲフン、お姉さんに連れられて行く子供みたいである。


少し豪華な感じの扉から部屋に案内される。

部屋の中は冒険者ギルドの雰囲気には合わない感じの豪華な内装の応接室だった。


「お茶をお持ちしますのでゆっくりとしてくださいね」


本当にイケないお店に連れ込まれた気がするぅ。


ネフェルさんが出て行くと、バルガスが話し始めた。


「この部屋は貴族や大きな商会と話す応接室じゃねえか」


だから内装に金がかかっているのかぁ。


狐の守り人フォックスガーディアンも頷いているから知っているらしい。


あぁ、バルガス達はこの国では有名な冒険者パーティだから当然か。


座り心地の良いソファを堪能していると、ネフェルさんが高価そうな茶器を台車に乗せてやってきた。


「おいおい、その茶器は最上の客に出すやつじゃねえか!?」


バルガスが驚きの声を出す。


「テンマ君は最上のお客様よ。当然じゃない」


いやいや、ギルドに渡したのはミスリル貨1枚だけだよ。


「ギルドはミスリル貨1枚だろ。俺はもっと貢献してきたじゃねえか! あっ、個人的に貰ったから特別待遇にしたんだな!」


うん、バルガスの指摘は正しい。


「なにを言っているのですか? テンマ君の将来性を考えれば、バルガスさんと同じ扱いはできませんよね」


不思議そうにネフェルさんが当然のように答える。


バルガスは悔しそうな表情をしていたが、反論はできないようだ。


おっ、それでも何か言うようだ。


「た、確かにその通りだが、テンマは10本以上手に入れたエリクサーも売らないと言っていたぞ。それに若返りポーションも大量に手に、」


ガシャン!


「お、おい、大丈夫か!?」


ネフェルさんは手に持っていた高価そうな茶器を床に落としたのである。


「わ、若返りポーション……、女の夢………」


うん、またネフェルさんが暴走しそうだ。


そこにギルマスがやってきた。


「ネフェル、どういうことだ! いつもの応接に行ったら誰もいないし、いくら何でもこの部屋に案内するのは、あああぁ、その茶器はお前の給金じゃ弁償できないぞ!」


ギルマスがプンプン怒りながら部屋に入ってきて、ネフェルさんに文句を言い始めたが、茶器が割れているのを見て、更に興奮して怒鳴り始めた。


しかし、ネフェルさん耳には届いていないようだ。


どこかに意識が飛んでいるのか、うつろな表情で呆然と立ち尽くしている。


「ネフェル! ネ、ネフェル、だ、大丈夫なのか?」


ようやくネフェルさんが普通の状態でないと気が付いたギルマスは、心配そうにネフェルさんの顔を覗き込み、最後に肩に手を置いた。


ガシャガシャ、ガッシャーン!


ギルマスが肩に手が触れた瞬間に、ネフェルさんはギルマスを突き飛ばして俺の方に近づいてくる。ギルマスは台車に背中から倒れ、台車ごと残りの茶器を完全に破壊してしまった。


「すべてをあなたに捧げます。だから1本だけ、1本だけお願い。それさえあれば……、私にもやり直せるのよ!」


恐い、恐い! テラスウイルス・ネフェル株が発症しているぅ~!


「10年戻ってもたいして変わらないと思うけど……」


あっ、リリアさん、その発言は不味いのでは!?


「フンッ、あなただってすぐに同じ運命よ! 剣術の得意なお嬢さんじゃ、魔力量が増えないからマリアさんみたいに老化は抑えられないわ!」


おおっ、女の戦いが始まったぁ!


「あら、私の魔力量は既にそれなりに多くなったのよ。もう少し歳を取ってからの方が良いかと思って、少し魔力量を増やすのを抑えているくらいよ」


それを言うのは反則じゃないかな!?


「ど、どういうことよ! あっ、テックスのあの知識! ずるいわよぉーーー!」


「いい加減にしろぉ!」


ギルマスさんがブチギレたぁ!


「ふざけないでよ! アンタが事務能力無いから私がフォローしていたんじゃない! だから私は婚期を逃したのよ。責任を取ってよぉーーー! わーん!」


それ以上にネフェルさんがブチギレたぁ!


最後はしゃがみこんで泣き始めてしまった。


これってどうなるのぉ~!?



   ◇   ◇   ◇   ◇



「申し訳ない。まさかネフェルがこんな状態になるとは……」


ギルマスが正面に座り、隣には子供のように泣くネフェルさんがいる。


幼児退行している!?


「しかし、若返りポーションとは、またとんでもない物を……」


いやいや、俺は悪くないよね?


それにチラチラと俺とネフェルさんを見るのは止めてくれぇ~!


「リリアにも問題があるぞ!」


おっ、バルガスが大人の顔でリリアを注意する。


バルガスは昨晩に充実した夜を過ごしたのか、今日は朝から余裕のある大人の顔をしている。


「ご、ごめんなさい……」


リリアもしおらしく謝罪している。


「それで何とかならんか?」


ギルマスはまたチラチラと俺とネフェルさんを見ながら尋ねてきた。


まぁ、俺は若返りポーションにそれほど執着していないけど……。


それでも無償で渡すのは違うと思う。


あっ、そうだ!


「何とかしても良いですよ」


「「ほんとうか(に)!」」


噓泣きだったんか~い!


ネフェルさんは俺の返事を聞くと普通に会話に入ってきた。


ネフェル株、恐るべし!


「もちろん無償では若返りポーションは提供できませんねぇ」


ギルマス「か、金は無いぞ!」

ネフェル「か、体で払うわ!」


「えぇ、体で払ってもらいます!」


何故かネフェルさんは嬉しそうにして、他のみんなは軽蔑するように俺を見る。


バルガス「テンマ、さすがにそれは……」

リリア「最低よ! 女の敵!」

タクト「テンマ君のこと、見損ないました!」

ジュビロ「俺も……」

ネフェル「大歓迎よ!」

ギルマス「ネフェル、それほど追い詰められていたのか……」


あれっ、なんか間違えたかな?


「あっ、体で払うというのは、働いてもらうということですよ」


「「「紛らわしい!」」」


「私は違う意味でも良いのに……」


ネフェルさん、変な事を呟かないで……。


「実は今度、王都でテックス関連の施設を造るのですが、そこでネフェルさんには冒険者ギルドとの窓口的な立場になってもらえれば助かります」


うん、研修を受けにくる冒険者の窓口や、冒険者ギルドとの調整役になってもらおう!


「うん、大丈夫よ。今日で冒険者ギルドは辞めるわ」


「ま、待て、お前に辞められたら、冒険者ギルドが困る!」


そこまでは急いでいないから大丈夫だよ。


「じゃあ責任を取って、冒険者ギルドで若返りポーションを買い取ってもらえますか!? 女の幸せを返してもらえますかぁーーー!」


やばい、また発症したぁーーー!


「す、すぐじゃないです。まだ施設もできていませんし、引継ぎは普通にしてください。逆に引継ぎもしない人にお願いできませんよ!」


「あっ、もちろんですよぉ。引継ぎはしないとダメですから、速攻で済ませてからにしますよぉ」


うん、発症は抑えられたかな。


「テンマくぅ~ん……」


ギルマス、頼むからそんな捨てられた子犬のような目で俺を見ないでくれぇ~!


「さてバルガス、本題の件を頼む!」


「あ、あぁ、そうだったな。色々あり過ぎて何しにきたか忘れる所だった」



   ◇   ◇   ◇   ◇



深淵のダンジョンに階層転移の部屋がある事をバルガスが説明すると、ギルマスは考え込んでいる。


「俺達が独占することも考えたが、やはり冒険者ギルドの管理を任せたほうが良いとテンマが言うし、結果的に冒険者ギルドや国も儲かるから、人々の為になると思ってな」


バルガスが半分は自分の考えであるみたいに喋りやがった。


まあ、別に良いけどね。


目立つのはバルガスにやってもらおう。


「確かにその通りだし、冒険者ギルドの利益は計り知れない。しかし……」


なんだ? ギルマスの顔色がすぐれない!?


「なんだよぉ。不満なのか?」


バルガスも理由が分からずギルマスに質問する。


「そ、そのぉ、それほどの新規事業となると、ネフェルが居ないと……」


「イヤよ!」


ネフェルさん完全拒絶ですか!?


「頼む! この件が落ち着くまで、」


「イヤ! それならあなたの3番目の奥さんに言いなさいよ! 私と同期でギルドに入ったのに、私より仕事ができないくせして、男にだけは上手く利用していたのよ。旦那が困っているなら復帰させなさい!」


おうふ、ネフェルさんの闇は深そうだぁ~。


「しかし、あいつは仕事をしたくないと……」


「それは私には関係ありません!」


あ、後はそちらで話を進めて下さい……。



   ◇   ◇   ◇   ◇



ネフェルさんが帰る俺達を、ギルドの出口まで見送りに来てくれたのは嬉しいのだが……。


「早く準備をして迎えに来てね!」


「は、はい」


俺の手を握りしめて念を押さないで欲しい。


冒険者たちがギョッとして俺達の様子を窺っているし、バルガス達は距離を取っている。


「もう、ちゃんと返事してよぉ。今すぐでもテンマ君のものになりたいんだからぁ」


その言い方は止めて下さい。


どう見ても年上の女性に言いくるめられる、成人したての男の子の構図だ。


ネフェルさんは冒険者で知らない人は居ないはず。


頼む! 認識阻害の魔道具よ、しっかり働いてくれぇ!


「はい、返事は?」


「は、はい」


「あぁ~、早く一緒になりたいわぁ~」


その日から冒険者ギルドでは不穏な噂が飛び交い、勇気ある者がネフェルさんに問い質しても、満面の笑みを見せるだけだった。


何故か国中に正体不明の年上キラーが王都に居ると噂が広がるのであった。

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