第13話 バルドーの暗躍②

国王と宰相は俯いて考え込んでいる。


宰相はこの件でテックスとの繋がりや、正体を探ろうと考えていた。


国からの要求にテックスがどのような反応をするのか確認したかったが、これについてバルドーの話では、テックスは関わる気が無いと言ったようだ。


結果的には残念だが、テックスの考えが少しだけ分かったので無駄ではなかったと考える。


しかし、道路の整備をドロテアがすることになったので、テックスの正体が分からないのに報酬は払わなくてはならない。


宰相は道路の整備の報酬について安易に考えていた。

ロンダからの国家事業と考えられるほどの道や橋の開発を、無償でやってくれたテックスなので、それほど過大な要求がないと考えていたのだ。


確かに過大な要求ではないのだが、非常に悩ましい要求になってしまった。


「確かに少々問題はあるが、結果的に『呪いの館』が無くなるなら、国にも益となろう。しっかりと契約さえすれば問題は無いと思うが、どうだ?」


国王は宰相に受け入れることを提案する。


しかし、宰相は考え込んでからバルドーに質問する。


「浄化した後に、賢者テックス殿はあそこで何をするつもりなんだ?」


この質問にはバルドーも返答に困った。

テンマは王都にも研修施設を造る考えを話したことがあるが、それほど熱心に話したわけでない。


今回の事は、ドロテアがテンマに褒められたいから進めているだけであった。


バルドーは迷って正直に話すことにした。


「ふむ、今回の事はドロテア様がテックス様に喜んでもらおうと計画しただけです。テックス様は研修施設を造る話をしたこともありますが、本当に造るつもりがあるのかは分かりません」


バルドーの返答に国王と宰相も驚いた。


あのドロテアがテックスの為に始めた。その事実に本当に驚いたのである。


「信じられん……」


国王は無意識で呟いていた。


宰相も信じられないような話だが、これまでの話と不自然なことはないと考える。


(しかし、あのドロテアが……)


宰相はバルドーを信じることにした。


「契約内容の調整は必要ですが、バルドーの提案を受け入れましょう」


宰相は国王にハッキリと伝える。


「わかった。バルドー、詳細な契約内容は宰相と詰めてくれ。基本的にはバルドーの提案どおり『呪いの館』は賢者テックス殿に報酬として譲る。

しかし、バルモアの事とエクレアの件で協力を頼みたい」


国王の提案にバルドーは考える。

エクレアの件に協力をするつもりはない。しかし、バルモアの事は気になっていた。なぜかバルモアは自分達に関わるような事をしている気がしたのである。


「バルモアについては私も気になるので調査はしましょう。しかし、それ以上協力するかは調査結果次第になります。

エクレアのことは協力できません。これは本人の考えもありますし、彼女の対応は国が責任を持ってやるべきことだと思います。

それにエクレアのことで勝手に何かしたら、私もドロテア様に叱られそうです。それとも陛下が直接ドロテア様にお願いしてくれますか?」


この返答に国王は顔色を変える。ドロテアに自分がお願いするなど、したくなかったのだ。


「だ、大丈夫だ。エクレアの事は自分達で何とかする。バルモアについてまずは調査を頼む」


「了解しました。できれば私が前に所属していた部署の人間を貸して頂けますか?」


バルドーが所属していたのは国の諜報機関で、実際には彼が作り上げた組織である。


「それは私が調整しておく」


宰相の了承を得られたので、調査は問題なく進められるはずだ。


その後は宰相と契約内容の詰めをして、仮契約を結んだのだった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



仮契約を終えると、2人の女性が部屋にやって来た。


「「バルドー様、お久しぶりで御座います」」


「久しぶりだね。カイナとアイナも元気そうでよかった」


2人はどこでも居そうな雰囲気の女性で、カイナは黒髪の30歳前後の女性で、アイナは茶髪の25歳前後に女性である。体形も普通なら顔もよくありそうな顔をしている。


実は2人とも元冒険者で、斥候職の美人姉妹と言われていた。


しかし、20年以上前にバルドーに引き抜かれて、国の諜報機関に所属したのである。


バルドーは2人を徹底的に鍛え上げ、見た目も化粧などで目立たなくしているのである。


実はバルドーの作り上げた組織は、8割以上を女性が占めていた。男性だとバルドーと特別な関係になる為に、諜報活動には向かなかったのである。


「早速で悪いがバルモアの情報は掴んでいるか?」


2人は現状で分かっている内容を報告する。


「ふむ、私が王都に居た頃と情報は同じですね」


バルドーが居なくなったことで、色々と動き出した者が居るはずなんだが、上手く隠蔽しているのか情報は増えていなかった。


バルドーは具体的に調査する内容や相手を指示する。


すぐさま2人は調査に向かったのだった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



バルドーは王宮から秘かに出ると、今度は商業ギルドに向かう。


商業ギルドに到着すると、見知ったギルド職員が目を輝かせて近づいて来る。


「バルドー様、また王都に戻って来られたのですね」


嬉しそうな声でギルド職員はバルドーに声を掛けてきた。


「暫くは王都に居るつもりです、ギルドマスターに相談があるのだが、会えそうかな?」


「すぐに調整します。応接室でお待ちください」


ギルド職員はすぐに他の職員にギルドマスターを呼びに行かせ、自ら応接室までバルドーを案内する。通された部屋は最上級の応接室で、室内は豪華な家具などで置かれていた。


「すぐにお茶をご用意します」


ギルド職員はそう言って部屋を出て行く。すぐに別の職員がお茶とお菓子を持ってきた。


バルドーはのんびりとお茶を飲みながら待っていると、先程のギルド職員が恰幅の良い初老の男を連れてきた。


バルドーは立ち上がると丁寧にお辞儀をして挨拶する。


「お久しぶりです、ギルドマスター」


「バルドー様、私にそのような丁寧な挨拶は必要ありません。宮廷のお仕事をお辞めになり、王都から離れたと聞いていましたが、また、お戻りになられたのですね」


初老の男は王都商業ギルドのギルドマスターで、この国の商業ギルドのトップの存在である。そのギルドマスターがバルドーに対しては非常に丁寧な対応をしている。


「はい、お仕えしている主人と一緒に王都に戻ってまいりました。暫くは王都に滞在する予定です。色々と面倒をお掛けするかもしれませんが、よろしくお願いします」


ギルドマスターぐらいになると、バルドーが王宮でどのような仕事をしていたのか、もちろん知っていた。


それでも引退してしまえば、そこまで気を使う必要がないはずである。しかし、商業ギルドとして、最高の対応をしなければならなかった。


「こちらこそ、よろしくお願いします。お噂は色々と聞いております。ロンダでは素晴らしいお方に仕えていると聞いております。もし商業ギルドでご協力できることがありましたら、ご遠慮なくお申しつけください」


ギルドマスターは太った体をきれいに折り曲げて、笑顔を絶やさず挨拶する。


王都の商業ギルドには、様々な情報が集まってくる。その中でもロンダの情報は最重要事項になっている。


ロンダで塩が手に入る情報はもちろんだが、ダンジョンの発見や新たな調味料など金の匂いが王都だけではなく、国中に広がっているのだ。


そして、そのすべてに繋がるテックスという人物にもっとも近いのが、ドロテアとバルドーである。


ドロテアと商売の話がまともにできる可能性は低いが、バルドーならそれも可能だとギルドマスターは考えての対応である。


「早速ですが、ご相談したいことが御座いまして、今日はこちらに来させて頂きました」


「どんなご相談でしょう?」


全員が座るとバルドーはまず質問する。


「呪いの館の周辺の事です。あそこは国からの指示で、封鎖するように商業ギルドが言われたそうですが、本当なんでしょうか?」


ギルドマスターは笑顔で話を聞いていたが、内心では落胆していた。

商売に関係ない情報収集でバルドーが来たと思ったのである。それに、質問された内容がギルドマスターにとって頭の痛い問題だったからだ。


突然、国から呪いの館の周辺を封鎖しろと指示があり、それだけならまだしも、封鎖は商業ギルドの責任でやるように言われたのである。


あの周辺は、呪いの館があるせいで住んでいる人は少なかった。だから、住人を退去させるのも予想以上に簡単だったが、封鎖するために冒険者を大量に雇う事になり、経費の事を考えるだけで、痩せる思いをしていたのだ。まあ、思いだけだが……。


今も懇意にする貴族にお願いして経費を国で持つか、兵士による封鎖ができないかお願いしている。しかし、それも望みが薄い状況になっていたのである。


「ふぅ~、本当ですよ。国から無茶苦茶な指示がありまして、商業ギルドとしては非常に困っている状況です。あっ、バルドー様の伝手で何とかなりませんか!?」


ギルドマスターは話しながら思いついてバルドーに頼み込む。バルドーなら王宮、それも王家に伝手があると、考えたのである。


「ふむ、私はすでに王宮の仕事を辞めているので無理ですね」


「そ、そうですか……」


ダメもとで頼んだが、やはり無理だとギルドマスターは残念に思う。


実際には、今も国王と会っているぐらいなので可能かもしれないが、バルドーはそんな事をするつもりはさらさらなかった。


「ですが、あの一帯を買い取りたいと考えています」


「「えっ!?」」


バルドーからの予想外の申し出に、ギルドマスターだけでなくギルド職員も声をだす。


「そ、それは買い取って頂いて、封鎖もバルドー様がやって頂けるということでしょうか?」


長年の経験で、ギルドマスターはすぐに頭を働かせ質問する。それでも完全には動揺を隠せていなかった。


「まあ、そういう事になりますね。もちろん金額にもよりますよ」


バルドーは笑顔で返事する。


「お、おい、地図を取って来てくれ」


ギルド職員はすぐに地図を持ってきて、話し合いが始まる。


「ここが呪いの館で、ここまでが封鎖されている場所になります」


ギルドマスターは話しながら必死に考える。

現状の事を考えるとタダで譲っても良いぐらいである。しかし、それでは完全に赤字で終わってしまう。


(もしかして価値が上がるのか?)


ギルドマスターはそんな事を一瞬考えたが、それはあり得ないと考え直す。


(呪いの館があるかぎり、あの周辺で利益は見込めないかぁ)


封鎖区画は通り沿いだけは何とか住人が居たが、それ以外はほとんどが違法住民だったのである。


(政治的な思惑か!?)


最終的にギルドマスターが考えたのは、政治的な判断で何かあると考えた。


(しかし、バルドー様と駆け引きとなると……)


難しい選択を強いられたとギルドマスターは考える。タダでは困るが高く言えば今後のバルドーとの関係にも影響が出る。


「ここは何があるのですか?」


バルドーが指差したのは、封鎖地区と外壁の間の土地であった。

呪いの館が近いので用途が限られ、商業ギルドの倉庫として使っている場所で、それも封鎖区画ができたことで、まともに倉庫として使えなくなった場所である。


そこでギルドマスターは閃いて提案する。


「そこは商業ギルドの倉庫街になります。もし封鎖区画を丸ごと買われるなら、こちらも一緒に買って頂けませんか?」


どうせ使い辛い区画である。一緒に買い取ってもらえば金額の提示がしやすく、結果的には商業ギルドも助かるのだ。


バルドーが考えている様子を見て、赤字が補填できるギリギリの金額を提示する。


バルドーは考える振りをしながら、予想以上の安さと都合の良い場所がまとめて手に入ると内心では喜んでいた。それでも、手元にそれほどの金があるわけではない。


バルドーはある提案をする。


「支払いは現金でなく、ワイバーンを丸ごと1匹でどうですか?」


「なんですと!」


ギルドマスターは興奮して大きな声を出してしまう。


ワイバーンの素材がロンダから流れてきたが、それでも全く足りない状況で、価格は高騰し続けている。さらに貴族からも商業ギルドに苦情がきている状況で、それも解決できるのだ。


「その代わりこの区画も譲って頂きます」


バルドーは更に隣接する区画を指定してきた。

そこは王都ではそれほど人気は無いが、金額的には微妙になってくる。


(ワイバーンを丸ごとなら損ではないが……)


ギルドマスターは代価としては微妙だが、ワイバーンの素材なら商売の駆け引きも使えると考え、悩んだがあの場所を譲ることにした。


仮契約を済ますと、バルドーは満面の笑みで商業ギルドを出る。そして報告するために妖精の寝床へ向かうのだった。

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