Recollection-10「流言飛語」

雨もまだ止みきらず、雨雲の所為で夕刻でも普段より夜が近い。


会議を終えた翡翠色の長髪と山吹やまぶき色の瞳をしたアトレイタスはイェット宅に到着した。


そこで聞こえて来る談笑と、聴こえてきた「歌」が終わるまでは雨に打たれながら待ち、頃合いをみてイェット宅を訪問した。


丁寧にコンコンッとドアをノックする。


ドアを開けた母さんは、これまた狼狽していた。何せ、1日にこの国の王女様と、コルメウム城護衛団総隊長が荒屋を訪問したからだ。


僕も訪問者が気になり母さんの後ろから次は誰が来たのかと肩口から覗いてみた。


(あっ⁉︎先生隊長⁉︎)


アトレイタスはスッと片膝を付き、その低くも温かみのある声でイェットの母に伝える。


「本日は、短い時間とはいえ、をお引き受けして頂き誠に感謝の意を表したいと。」


護衛⁉︎


僕がエトナの民だから、、。


そう、アトレイタスはシーヤがイェットの家に来る事を知っていた。エトナの民である彼の所へと。


王への言い訳、大義名分としては、イェットの存在は非常にありがたい。そしてもう1人の存在こそ、、。


イェットは今しかないと思い、失礼とは分かっていたが、彼に直談判する。


彼は片膝をついた。


「先生隊長、お願いです。僕を、、、僕を護衛団に入団させてくれませんか⁉︎」


イェットは本気で懇願した。漠然としているこの気持ちに明確な指針が欲しいのだ。


その本気は彼の不言いわぬ色の瞳が物語っている。


両親も驚きを隠せないでいる。


「勿論、歓迎するよイェット。手続きは私が済ませておきます。護衛団より伝書が届いたら、入団完了だよ。そのかわり、今まで通り学び舎で私が教えている座学も忘れずにね。」


(、、この僕が、、本当に、、!)


イェットは心の中のくすぶっていた蝋燭に灯がついた様な感覚だった。


「君は『エトナの民』としての「天命」を全うしなければならない。いずれこの日が来ると解っていましたよ。」


アトレイタスは続ける。


「伝書が届いたら、一度私を訪ねておいで。」


端正な顔立ちの男はにこりと笑った。


「はいっ!ありがとうございます!」


イェットは、入団できる嬉しさから、湧き上がる激情を抑えるのに必死だった。


強くなる。強くなるんだ。そして護れるようなるんだ。





、、、誰を?




ドクンッ




この時、イェットは無意識にある人物を見た。





その不言色の瞳の先には、胸の前で両手を重ね、こちらを見てにこりと笑い、さっきまで泣いていたせいか普段より美しく見える唐紅からくれない色の瞳をした女の子だった。




ドクンッ




この時、初めてイェットは自分の胸の内に気付いた。


気付いてしまったんだ。




それを傍で見ていた長い黒髪で空五倍子うつぶし色の瞳の女の子は、何故か拳を力いっぱい握り、唇を噛み締め、不安げな表情でイェットを見ていた。






アトレイタスとシーヤの帰り際、2人の男女が駆け寄って来て声を掛ける。


男の方は左脚を引き摺っている。


イェットの父と母だ。


「こんな所まで悪かったな、アトリー、、いや、アトレイタス隊長。オズワルド、、オズワルド王にも、いずれ非を謝りに行くと伝えてくれないか?」


「承知しましたよ、オルブライト様。それに、謝る事ではありません。「2の護衛団」に護られていたので安心でした。それから、ユイ様も本日はありがとうございました。」


ユイは首を横に振り、深々とお辞儀をした。


「ま、俺は「」だし、アイツは「見習い」だがな。」


アトレイタスとイェットの父親、オルブライトノット・リヴォーヴはニヤリと笑った。






イェットの両親と別れ、コルメウム城への帰り道、アトレイタスはシーヤ用の雨具を身に付けさせ2人で帰路に着いていた。


夕刻を過ぎれば、この辺りの道は樹々で囲まれ薄暗い。


持ってきていたランタンに油を入れ、太い紐状の布を浸した。その先に鋼鉄片の火付石で火を灯す。


自分とシーヤ用に2つ持ってきてよかった。


無言が続くなか、口火を切ったのはシーヤだった。


「、、ありがとう、、。それからごめんなさい、、。」


彼女の殊勝な態度に、彼は言う。


「いやぁ、鍵を掛け忘れてしまいまして、、私でも鍵が開いてると分かれば、直ぐにでも脱走しましたよ。」


先を歩いていた彼は後ろを振り向き、何か含みを持たせた笑顔を覗かせた。


「そう、、なのかな?」


彼が同調してくれた事により、自分が取った行動の罪悪感が少し消えた気がした。


「でも部屋に雨具、壁に掛けてありましたよ。それを身につけるのも忘れる程、この雨の中、この距離を走り、早く彼に会いに行きたかったんですね。」


「!!、、ばっ!⁉︎」


ばっかじゃないの⁉︎と言おうとしたが、図星だった。


的を射ていたのだ。


「もう!知らない!」


(まだ12歳ですね。でもこれで今日は一勝一敗ですよ。)


彼はフッと笑みを溢すと前を向いた。  


その顔は、眉間にシワがより、何かを思い詰めた様な、まだ幼い彼女には見せられない貌だった。


シーヤがいない間の、王達との話を思い出したからだ。




その時だった。


異変を感じたアトレイタスはシーヤの目の前まで下がった。


「、、!?」  


シーヤも身構える。


アトレイタスは周りに意識を集中しながら、彼女の方を向き、優しい顔で自分の唇に右手人差し指を当てる。


と同時に、ランタンに息を吹きかけ消した。


シーヤも直ぐに対応し、ランタンの灯を吹き消す。




「闇」のなかで「闇」が蠢いている。



(、、2、いや、3人か)


アトレイタスはシーヤに身をかがめる様、両手で合図した。


異様な空気を察知した彼女もそれに従う。


彼の「勘」は絶対だ。


日も落ち、周りは完全に闇に抱きしめられていた。


今は月と星明かりだけが味方だ。


しかしアトレイタスは違和感を覚える。


(、、? 目的は我々ではない、、?)


今までの奇襲では、敵は必ず「囲む」のが定石だった。


囲んで包囲すれば正面に複数いるより、更に意識を分散させて有利な戦いに持ち込める。護るものがあれば尚更だ。


しかし、今いる敵たちは違う。明らかに我々に対しては興味を持たず、身を隠して逃げている。


、、敵の目的はただ一つ。





または、それに関する別の「何か」を暴きに来ている、、、


アトレイタスは敵の気配が消えたのを確認すると、再度ランタンに灯を灯した。


「大丈夫ですシーヤ様。どうやら私達が目的の対象ではない様です。」


アトレイタスは安心させようと、そう伝えた。


「『エトナの秘宝を手にする者は、世界を手にする。』を信じてる人達みたいね。そんなのが本当にあるのならだけどね。」


「‼︎、、、、、。」


シーヤは少し困った様な、呆れた様な表情で言った。この時のシーヤの言葉には、何の意図もなかった。ただ世に出回っている「噂」を口に出しただけだ。


それでもアトレイタスにとっては、「真実」に一歩ずつ自ら近づいて行く彼女に対して何も言えなかった。


その何気ないシーヤの言葉は、天賦の才の彼に「一勝」を知らしめる言葉だった。


そして分かった事がある。


1ヶ月前の四神達の時しかり、今回しかり、敵の目的は完全に「」だ。



アトレイタスは近いうちに必ず起こるであろう「戦い」を予感せずにはいられなかった。




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