Recollection-9 「咆哮」
シーヤが城を脱走する少し前に時は遡る。
本日、コルメウム城の城主であるオズワルド・ワイトキングにより招集の掛かった数名が城内に集まり始めた。
アトレイタス・サイガ・エトナもその1人であった。
彼はシーヤの勉強を見てあげたり、護衛団の剣術指導を行う、言わば「教育者」である。
その風貌は、長身、長髪の翡翠色の髪を靡かせ、山吹色の瞳は常に涼しげで、非常に端正な顔立ちの男であった。
容姿端麗で博識、剣術の腕も天賦の才、しかし謙虚で忠誠心が高い。そして何より「エトナの民」としての「誇りと使命感」が桁違いなのだ。
子供達からも、その優しさ、親しみやすさから先生と親しまれ、護衛団員からもその腕前から隊長と尊敬の念を受けていた。
四神の使う「
しかし、そんな彼にも弱いもの、、否、人がいた。
シーヤ・ワイトキング・エトナだった。
今日も早朝から休日にも関わらず王との会議前に、シーヤの教育係、兼「目付役」として彼女の部屋を訪れていた。
彼女の部屋は、パラス(居館)の最上階、見晴らしの良い部屋だ。
その部屋は、それだけでイェットの家丸ごとあるかないか位の面積を有した。
しかし、彼女にはこの広い空間が苦手だった。小さな頃からあまり外出を許されない為、この部屋に篭る事が多かったからである。
開口部からみえる空は雲の色が暗くなり、今にも雨が降りそうだった。
この日も勉強に身の入らない彼女に苦笑いしながら言葉を並べた。
「シーヤ様、勉学は確かに退屈かも知れません。しかし、、。」
「もーう! 分かってるよアトレイタス。分かってる。」
「左様ですか、、。」
ゴゥーン ゴゥーン、、。
朝の学習時間の終わりを告げる鐘が鳴らされた。
とは言っても、勉強していたのはシーヤ1人である。
「はい終わり!今日は雨が降りそうだねー。」
「はい。シーヤ様には大変申し訳ないのですが、本日は室内にて読書等を嗜まれては如何かと。」
アトレイタスがそう言うと、シーヤは続けた。
「何か面白い本ある?」
「はい、こちらの『おのぼりさん北へ向かう』は非常に興味深いかと。」
その本を手に取り、パラパラとページをめくりながら続けた。
「確かあなたは今日はこの後、父様とお話しがあるんだよねー?」
「はい、仰る通りです。」
「エトナの秘宝について?」
「はい、、、ッ‼︎」
アトレイタスは少し、ほんの僅かに動揺したが、普段からいつか伺われると思い答えを用意していた。
「あ、いえ、本日は土地の痩せてしまった民達の救済について、、」
「嘘!絶対!」
シーヤが珍しく真顔で吠えた。
1ヶ月前のあの「遭遇」が、彼女に情報を与えていた。
エトナの秘宝の存在。
シーヤ自身も以前から噂ではあったが、漠然と「あるかも知れない」と、濃霧がかかった様な感じだった。が、謎の男と、このアトレイタスが今はっきりと「はい」と、そう言ったのだ。
また、彼女はわざと相手に何度も「はい」を言わせた後、本当に聞きたい質問をした。
人間は話の流れに乗るとつい「隠したい真実」でも思わず「はい・いいえ」では答えてしまうのだ。
12歳の少女が瞬間とはいえ、天賦の才を持つアトレイタスを超えた。
(まさか彼女がこの様な手段を取るとは、、一体どこでそんな心理を学んだのだ、、⁉︎「何か」を感じ取り始めているのか⁉︎)
「アトレイタス。何故本当の事を話してくれないの?そんなに私は、、、私は、、!」
彼女は今にも泣き出しそうな、怒りに満ちた表情で俯いた。
「アトレイタス、今のは聞かなかった、、事にするね。ただ、、1つお願いを聞いて欲しい。」
その声は悲しみからか、怒りからか、震えていた。
アトレイタスは気を引き締めて答えた。
「はい、私が伺えるものであれば何なりと。」
「イェット・リヴォーヴ・エトナが何処に住んでいるのか教えて頂戴。」
「はっ!仰せのままに。」
アトレイタスは彼の住んでいる地域や住所を書き記した。
何故彼を選んだのかは、彼女のその小さな胸中を察した。
「どうぞ。」
「、、ありがとう。今日は雨だし、護衛も付かないから行けないよね、、。なーんて、、、。」
「、、、申し訳ありません。、、シーヤ様」
こんな彼女を見るのは初めてだった。
普段明るく自由奔放な彼女が、こんなにも自分の感情を剥き出しにするのはない気がする。
、、いや、一度だけあった。
今から8年前。
イリヤ・ワイトキング・エトナ様がお亡くなりになられた時だ。
コルメウム城であげられた葬式「天召式ヴォーカヴィタド」。
この城にもカペレ(礼拝堂)がある。ただ、この城にのカペレは通常のそれよりかなり広い。
それはまるで「神殿」だった。
4歳の彼女は、その広いカペレに迎えられ棺に納められた、美しいまま冷たくなった母の亡骸に向かい、泣きながら大声で叫んでいた。
「おきてよぅ?おきてよぅかあさん! また、ねるまでほんをよもう? そのキレイなかみのけ、さわらせてよう、、ねえ、、だっこしてよ、、ねえ、、、ねえ、、。」
場内に鳴り響く小さな命の咆哮は、大人達の胸を抉った。
そして今現在、彼女は私とのこの小さな戦いに於いて、大いなる勝利を手にしたのだ。
「では、そろそろ王との会議に参ります故。失礼致します。」
「、、ごめんねアトレイタス、無理言っちゃって!」
彼女は何とか普段通りの彼女を取り繕った。
「いえ、それでは。本日は出来るだけ外出は控えて頂きます様、宜しくお願い申し上げます。」
そう言うと、彼はドアまで向かい、優しく開けて、外に出ると振り返り、優しくドアを閉めた。
そして彼は、普段なら掛けるべき外側に付いている鍵を掛けなかった。
彼女の勝利に対する対価として。
彼の弱点は、優し過ぎる事だ。
そして彼は考えていた。
(もし私ならどうして欲しい、、⁉︎)
それは「約束の時」が徐々に、だが確実に1秒ずつ近づき、残された時間には限りがあるという事に。
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