022

数日悶々とし、金曜日の残業終わり、久しぶりに金木犀へ赴いた。もしかしたらママなら日下さんの情報を色々知っているかもしれないと思ったからだ。


カラランと小気味良い音と共に扉を開けると、いらっしゃいとママの落ち着いた声が迎えてくれる。


いつものカウンターに足を運ぼうとすると、そこには先客がいた。


私の視線の先には会いたいようで会いたくない、でも気になる存在である日下さんがいたのだ。


「芽生ちゃん、そんなところに突っ立ってないで、早くこっちにいらっしゃい」


ママに急かされて我に返り、私は平常心を保つためこっそりと深呼吸をする。


「こ、こんばんは」


日下さんがいつもの席に促すので、私はおずおずと座った。ママから日下さんの情報を聞き出そうと思って来たのに、まさか本人がいるとは思わなかった。


「最近仕事忙しそうだね」


「はい、新システムの移行でトラブルとか問い合わせに追われて残業続きです。今日は久しぶりの息抜きです」


「そっか」


日下さんは柔らかく目元を下げた。その優しい眼差しに胸がキュンとなる。


ああ、いけない。

キュンとしてはいけないんだった。

彼は既婚者なんだから。


自然と目が日下さんの左手に行ってしまう。気になってしかたがないからだ。


あれ?ない。

見間違い?

いやいや、そんなばかな。


日下さんの指に指輪ははまっていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る