第3話

22歳。


おまえは就職浪人した。

おまえは絶望して、スマホからラインやツイッターを削除した。

就活に専念するためというよりも、何者でもない状態で友人と話すことが怖かった。


23歳。


おまえは公務員になっていた。

地元の県庁の総合職、つまりUターン就職をした。いまにして思うと、公務員という選択肢は悪くなかった。

いや、それどころか人生で三本の指にはいるくらいのいい選択だったと思っている。


だが、一つ誤算だったのは、特に女性にモテなかったことだ。

就職すればなにかが変わるかもしれないと心のどこかで思っていた。

公務員という安定した職業につけば、女性から言い寄られるかもしれない…

それを望んで勉強に打ち込んできたつもりだったが、結局陰キャに公務員という属性が付与されただけだ。


モテないのは、考えてみれば当たり前だった。


今までもそうだった。中学の時、勉強して、市内の進学校に入った。

高校に入り、環境が変われば何かが変わるはずだと思っていた。だがモテることはなかった。

高校でもそれなりに勉強はした。大学の文系学部に入れば、SEXできると思った。だが、できなかった。

それでも、勉強して公務員になった。安定した職業、市内でもトップの就職先になればモテるのではと思った。だが、モテなかった。

思えばいつだって同じだ。次の環境へ頑張って進むことができれば、欲しいものが手に入ると思っても、結局それはゴールではなく、スタートにすぎなかった。就職してからこれに気づいた。


・・・


入庁後は、仕事に忙殺された。

仕事ができたわけではないが、できないわけでもない、中途半端な立場。

とりあえず与えられた仕事はこなすが、それ以上のことはやらない。

楽しくもないが、嫌になるくらいつまらないわけでもない仕事。

やる気はないが、仕事を辞める理由もない。

それでも、少しずつ溜まっていく財産形成と、貯金を眺めながら、とりあえずこれでいいと自分に言い聞かせていた。


毎日がルーティンだった。気がつくとベッドの上で目が覚めた。天井を眺めながら、あぁまたこれだと思った。県庁とベッドの往復、この繰り返しだった。


さて、創作はというと、もう創作で一発当てるという人生の目標はなくなっていたし、モチベーションも少しずつ削られていた。

とにかく、なににもましてやる気がでなかった。仕事に蝕まれていた。


おまえはすっかりアニメや漫画を卒業して、みるものといえばネットフリックスの海外ドラマだった。

話数が長いから、いくらでも時間を消費することができた。


そうやって、目標もなくただただ時間が使われていった。

いや、いつかくるかもしれない、なにかをずっと待っていたのかもしれない。

だが、なにもこなかった。


まばたきしていると、一瞬でたくさんの時が過ぎ、ある朝起きたときには30になっていた。


30歳。


30はひとつの節目だったが、30になった日も、おまえは何一つ感慨はなかった。この先いくつになってもそれは同じかもしれないと思った。心は20歳のまま肉体だけ10歳年を取った気がした。


おまえの回りで結婚ラッシュが始まるのは、この頃だった。


34歳。


まごまごしていたら30も半ばに差し掛かろうとしていた。


いつのまにか、周りの友人はみんな結婚をしていた。

おまえは毎年ご祝儀を包むのに、ご祝儀をもらえるような予定はなかった。


結婚に対する焦りがあり、おまえはついに結婚相談所にいくことになる。


不本意だった。

おまえは自然な恋愛結婚を望んでいた。

しかし、いつか自然にできると思っていた恋愛結婚は、必死の努力をしなければ手に入れられないことに薄々気づきはじめていた。

天に向かって口だけ開けていてもだれも何も運んではくれない。


結婚はおまえの親のたっての希望だった。おまえは一人っ子だったから、親のプレッシャーも強かった。

おまえは半ば親のために生きてきたし、いままでも親の希望で進路を決めてきた。


かくして、おまえのプライドは敗北し、県内の某相談所に足を運ぶことになる。

回りにこういう相談ができるようなひとはいないから、インターネットで評判を検索して相談所をきめた。

やはり大手であればあるほど、登録者数が多く、情報の信頼性も高いとのことだ。


結婚相談所は、仕組みとしてはこうだ。


まず入会費、その他諸経費もろもろをあわせて支払う。男性であれば20万円ほど。その後は月々、2万円のランニング。女性であればこの半額程度である。


それから、身分証明書、年収、顔写真、経歴、趣味、あらゆることを担当のエージェントに話し、シートに入力する。嘘は許されない。

(※余談だが、担当となるエージェントは男性か女性かを選ぶことができる)


相談所のエージェントに、女性に対する希望をつたえる。

お互いの需要と供給がマッチしそうな人を見繕ってもらい、会う日時をセッティングしてもらう。


当日はデートだ。基本的にはなにをするにも自由だが、連絡先の交換だけはしてはならない。エージェントの観測範囲外で秘密裏にあうことは禁止されている。


デートが終わったら、その日の感触と、次も会いたいかどうかをエージェントに伝える。

会いたくないと思っても本人に伝える必要はない。エージェントに一言いえばそれで関係は終わりだ。


お互いに会いたいと思えば2回目があるし、そうでなければまた次の人とセッティングされる。


逢瀬をかさね、もしお互いに結婚したいと思えば、めでたく結婚、相談所は卒業である。

相談所からはお祝い金がもらえる。(お祝い金といえば聞こえはいいが、デポジットのようなものだ。)


そうならなければ、そうなるまでひたすらにマッチングしつづける。


大体はこんな感じだ。


さて、おまえは自分が相手に求める条件をあらためて考える。


容姿。年収。趣味に理解があること。同年代以下の年齢。

この4つだと思った。


容姿は一番大事だ。良いに越したことはないが、アイドルほどじゃなくてもいい。とにかく、可愛ければいい。それに、子供に容姿の悪さが遺伝すると子供がかわいそうだ。


さらに、なんだかんだおまえは県庁にプライドをもっていた。県内トップだ。可愛くなければ釣り合いがとれない。相談所のエージェントさんも、お客様のご職業なら引く手あまたですよと言ってくれた。


次に、年収。おまえは公務員といえど、人間二人を養うには厳しい年収だった。可能であれば二馬力がいい。


趣味。お互いの趣味が合う必要はないが、理解さえあればいい。


年齢。出産を考えると、自分より年上だと厳しい。


婚活だから、多少の妥協は必要だということはわかっている。自分としてはこれで最低限の条件を設定したつもりだった。


せっかく県庁に入れたのだから、ここで最大限強みを生かして、理想の嫁さんを獲得する。いままでのマイナスを取り戻そうと意気込んでいた。


が、婚活をすすめていくと、設定した理想はとてつもなく高いハードルだということが思い知らされる。


まず、年齢。相談所に登録する大半の女性は30代〜40代だ。20代とマッチングすることは厳しい。

20代は、もう少しカジュアルなマッチングアプリを使っているという。


同年代以下という条件で、半分以上の女性は対象外となった。


次に、容姿。

カワイイ女子は人気で、会うことすら難しい。というより、そういう女子はすでに結婚していて、そもそも相談所に登録をしていないのだった。


たまにいいな、と思う女子がいたとしても、会ってみると、やはり写真と実物は違った。

写真ではキリッとした表情を見せていた女性も、実際にあって歯を見せて笑うと、乱杭歯が覗いた。

または、写真では気にならなかったが、実際に合うと黒人とのハーフかと思うくらい肌が黒ずんでいた。


それでも、正真正銘可愛い女性と出会うことはある。この子に決めた!とおまえは思っても、デート後に、次回はないです、とエージェントから間接的に言われた。そのたびにおまえはひどく落ち込んだ。


何人の女性とあっただろうか。

34からはじめた婚活は、長引き、すでに36目前になっていた。


女性からリジェクトされるごとに、どんどんとおまえが女性に求めるハードルは下がっていった。

もうおまえを選んでくれる女性ならだれでもいい、というような気分だった。


もともと仕事のストレスも多いことも寄与した。婚活と仕事は、交互におまえのメンタルを削り取ってきた。


時間と労力と金は、無限の深淵に投下され、吸い込まれ、なんのリターンも返さない。いつまで投下し続ければ報われるのだろう。どこまで俺はこの暗闇を進んだのだろう。そもそもゴールはあるのか。

焦りが生じる。俺は騙されているのかもしれない。

もうやめてしまおうと思った。


だが、転機が訪れた。

次で無理だったらやめようと思っていた、最後の人。


運命の女性が見つかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る