部活編
第2話 体験入部をしませんか!?
「つぎは、ここをやるからな、しっかり予習しておくんだぞ~」
「気をつけ、礼」
ありがとうございました、と
廊下に飛び出した生徒たちの喧騒と、室内の生徒たちの話し声とがあいまって、まるで放課後の商店街のように活気づいている。
高校に進学してから、はや一週間。通常授業が開始してから、今日で三日目。おれは眠気との仁義なき戦いに、辛くも勝利した。
「お疲れさまです、ひろしげくん」
「おう……」
家に帰って、パズルゲームがしたい。ほんとうならば学業など放棄する勢いでパズルゲームにのめり込んでしまいたいのだが、今の俺には趣味だけで生きていくほどの余裕はない。
「ひろしげくん、一緒に昼食を取りませんか?」
「え?」
俺は思わず目を丸くした。たしかに、いまは四限目が終了したところで、つぎは昼休憩の時間だ。だから、その誘いには納得できる。
だが、その、異性との会食は、たとえ友人であろうと気恥ずかしいものだ。
「……あー、その」
「じつは、お話ししたいことがあって」
「話?」
「はい!」
今和泉鏡子は両手をぎゅっと拳にして、俺に力強い返答をよこした。力みすぎである。一瞬、教室内の視線が今和泉に集中したが、やはりお構いなし。この子は、注目を浴びるということに慣れすぎか、鈍感すぎる節がある。
「わかったわかった。一緒に食おう」
「ありがとうございます!」
異性との会食よりも、この場にいることの方がいたたまれない。この調子で騒ぎ立てられていたら、俺まで注目の的になってしまう。
俺たちの教室は、三階にある。二階以上の階で食事を摂ることは原則禁止とされているから、この時間帯は誰もが階段を使用する。
ぞろぞろと群生するように肩を寄せ合って移動する集団が、いちばん増えるときだ。俺はうんざりしながらも、先頭に立って階段を下った。
「どこで食べる?」
「食堂、とか……」
「人の多いところは嫌だ」
「中庭、でしょうか」
「そうしようぜ」
どちらにせよ、人はいるのだが。閉塞感のある屋内よりも、開放感あふれる中庭の方が心地いいに決まっている。
ちょうどほかの連中が寄ってこなさそうな場所を見つけた。大樹によってできた大きな木陰の、湿っぽい場所だ。最近は春でも暑いから、涼しげなところがいい。というわけで、そのごつごつとした木の根に座って食べることにした。ここならば、騒々しさの蚊帳の外。のんびりと空気を感じることができる。
今和泉鏡子はレジャーシートを敷き、俺もそこに座らせてもらった。用意がいい子である。
「美味しいですっ!」
「良かったな」
「はいっ、朝早くから準備したかいがありました」
「へぇ」
今和泉鏡子が、なぜか
「やっぱり玉子焼きは塩ですね!」
「そうか」
「はい~」
俺はだし巻き派だ。それは置いておいて。
この子は、食べるのが遅いらしい。原因は明らかだ。行儀よく数十回噛んでから、呑み込んでいる。俺は数回でさっと呑み込んでしまうから、とっくに完食している。
「そういえば、話ってなんだ?」
「ちょっと待ってくださいね、デザートが……」
「豪華だな」
今和泉鏡子は楽しそうだ。
俺も次からは、少し品目を増やしてもらうよう、母に交渉することを決めた。
「食べ終わったか?」
「ええ。お話についてなんですが」
「おう」
「じつは」
そこで、急に今和泉鏡子は言葉を止めた。
「ん?」
ためている。何か間のようなものをためている。
「倶楽部活動をしてみたいのです!!」
「……そうか」
気の抜けたような言葉しか出なかった。ために溜めて、これである。
「理由はなんだ?」
「じつは、お友だちがなかなか増えなくて……」
「まだ一週間だしなあ」
「同級生よりも、先生方のお名前とお顔ばかり覚えてしまって……」
たしかに、この子のふだんの様子を見ていると、よく話している相手は教師か俺くらいに限られる。今和泉鏡子は、大人に気に入られやすい性質らしい。反対に、あまり同年代とは関わりにくそうだ。あんな宣言をしたあとだから、厄介な絡まれ方をされそうなものだが。
「とりあえず、体験入部というものに付き合っていただきたいのです」
「……いや、俺には」
パズルゲームという大切な趣味がある、と断ろうとしたが、思い直した。もしかしたら、ゲーム部があるかもしれないからだ。高校見学のときにはなかったが、今年新設の部や同好会としてあるかもしれない。
「付き合うよ」
「良かった、断られたらどうしようかと思っていました。なにぶん、ひとりだと不安なので」
そして、今和泉鏡子にはちょっとした興味がある。この子に付き添いながら体験入部をすると面白そうだ、と思ったのだ。
「そういえば、部に関する情報はきちんと持ちあわせているのか?」
「はい、これひとつにすべてまとめてありますから!」
「お、おう」
元気よく言って、今和泉鏡子は『新入生歓迎パンフレット』と書かれた冊子を突きつけてきた。その冊子の目次のところを参照すると、この学校の部活動紹介についてもきちんとのっていた。
たしか、入学式当日にもらったものだ。俺はとっくに捨ててしまったが、この子はきちんと保存していたらしい。
運動部は、メジャーなところで行くとサッカー、野球、テニス、剣道など。文化部は、天文部、文芸部、手芸部。
なんだか聞きおぼえのない部も多くある。
「どれに体験入部するつもりだ?」
「まだ、決まっていなくて……たくさんあって、さらにどれも面白そうなんです」
たしかに、部は同好会も含めると25を少し超える程度にはある。……残念ながら、ゲーム部はない。まあ、勉学を主とするこのような場において、そのような部活動が認められる方がおかしいのだろう。
悔しいが、所詮ゲームに興味のない大人からすれば、ままごとに過ぎないのだ。
「……これなんかどうだ?」
「ヘルシーライフ部、ですか」
てきとうに指をさして選んだ。
文化部の項目の欄の、末尾。そこに書かれていたのは『ヘルシーライフ部』という、怪しげなセミナーのような単語。
部活紹介のところを読み上げた。
「ヘルシーライフ部は、ヘルシーな日常を送るために有意義な活動を行う、とてもユニークなクラブです。入部条件はとくにありません。体験入部はできません……なんだこりゃ」
活動実績はなし。活動部員はふたり。どう見ても怪しいので、提案を取り下げた。
「うーん、面白そうだと思ったんですが……」
「やめとこうぜ。それより、候補はないのか?」
「こちらに、そちらに、あちら……ああ、こちらもいいですね! それから、そちらとそちらとあちらも……」
「体験入部期間中にまわれるとは思えん量だな」
「ふふ、せっかくの体験入部ですから、様々なところへ入部してみたいのです」
今和泉は、いたずらっ子のように笑った。
おいおい、これはうかつに返事をするべきじゃあなかったな。俺は少しだけ後悔したが、この子のきらめく瞳を見ていたら、悪くない気がしてきた。
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