第176話 その11
塚本はキョロキョロと辺りを見回したあと、ぐるりと壁沿いに室内をまわった。
千秋の前まで来ると、スマホの画面を見せる。
[どんな仕事をするんですか]
「まだ訊いてないの。でも、定年間近の人がくる部署らしいから、たぶん残業が無いのは間違いないと思うわ」
それを聞いて塚本は、こくんと頷いた。そしてまたスマホに打ち込み始める。
コミュニケーションを取れるようになったのはいいが、やはりタイムラグがある。少々もどかしい。
一色が居ればこの誤差は解消されるが、彼はアメリカに行く、あてにはできない。
千秋は、この課題を解消しなくてはならなった。
(仕草や表情というのは、一緒にいる時間が長くなれば少しずつ理解するようになるだろうけど、文字通り時間がかかるだろうな。あ、でも、あの馬場さんに塚本さんのトリセツを渡してたって言ってたぞ。つまりやり方があるんだ)
「塚本さん、今日は馬場課長と話したの」
こくんと頷く。
「どんな話をしたの」
少し考えたあと、スマホに打ち込み始める
[仕事の話だけです]
「問題なかった」
こくんと頷く
「あ、わかった」
突然、千秋は大きな声を出した。それに塚本はぎょっとする。
「closed questionね」
きょとんとする塚本。
「馬場さんはどんな人かな」
塚本はスマホに打ち込もうとするが、それをさえぎり、
「言い直すわ、馬場さんって仕事ができる人かな」
こくんと頷く。
やっぱりと千秋は思った。
クローズド・クエスチョン 、閉じられた質問とは、答えを限定される質問の事をいう。簡単に言えば、イエスかノーで答えられるような質問の事だ。
塚本は無口だが無反応ではない。頷いたり首を振ったり傾げたりはするし、よくよく見れば表情もある。おそらくトリセツにはそのような事が書かれていたのだろう。
コツは掴んだ。これでさらに深いコミュニケーションがとれる。
「これなら一色くんがいなくなっても、やっていけるわね」
この言葉に塚本は反応した。
[一色くんがいなくなるって、どういう事ですか? 彼も資料課に来るんじゃないのですか]
スマホの画面を千秋に突きつけるように塚本は迫った。
「落ち着いて塚本さん。これは約束なの」
千秋は、横領の件で味方してくれた報酬にアメリカ研修に推薦する話をした。
「彼がアメリカ本社に行きたがっていたのは知ってるわよね、その事を護邸常務にお願いしたらOKがでたの。この事は今朝、本人にも伝えたわ」
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