第132話 その2

 会社の玄関で、千秋達は今日の慰労と帰りの挨拶を交わしていた。


「ありがとう、2人とも。あなた達のおかげで成功したわ」


「このまま祝杯を上げに行きますか」


「そうしたいのはやまやまだけど、私達の身のふり方がまだ終わってないわ。最後まで気を抜かないで、それが決定したら上げましょう。その時は塚本さんも来てね」


塚本がこくんと頷く。千秋はまず塚本に、それから一色にハグして感謝の気持ちを伝え、帰途に着いた。


「すごい人だね……」


一色がぽつりと呟く、塚本がそれに黙ってうなづき、一色の袖を引っ張る。


「分かっているよ、何があったか詳しく話すよ。さ、僕らも帰ろうか」


こくんと頷くと、塚本は一色の袖を引っ張りながら地下鉄に向かう、一色が小さく呟く。


「人を好きになるって、性別とか年齢とか関係無いかもしれないな、いや、これはどういう好きという感情なんだろう、僕が今まで感じた好きじゃないな、これは……、憧れ。そう憧れだ。だけどそうじゃない、これはなんだろう、いちばん近い感情は憧れなんだけど……」


 はじめて自分に湧き出た感情が何なのか分からず、一色はぶつぶつと独り言を続けた。



 JR名古屋駅で電車を待っている間に、千秋は蛍とハジメに[コンペ勝ち取り]とメールした。するとすぐに蛍から[やったね]の返事が届く。続いて[祝杯をあげようよ]と来るが、まだそんな気になれない。

[祝杯でなく慰労をしたい]と返事したところで、グループメールのもう一人であるハジメからメールが届く[遅くなりそうだからパス]つづいて

[うちでチアキと飲んでいるから終わったら連絡して、チアキはあとでうちに来てね]蛍からのメールに、千秋は了解の返事をしたと同時に、電車が到着した。




「ただいまぁ」


「あら、早かったわね」


「母さんこそ、なんで居るのよ」


「御挨拶ね、着替えを兼ねて夕食を食べに来たのよ。すぐに会社にとんぼ返り」


年度末進行よ、と言いながら咲子は自分の部屋に戻って行った。そういや3月ももうあと4日、今日を除けばあと3日だなと千秋は思った。


「珍しいわね、平日に全員揃うなんて」


 家族揃って食事することが無上の喜びである祖母の笑顔を見て、千秋と咲子は少々の罪悪感を覚える。


「ごめん、母さん、すぐに会社に戻るから」


「私も。夜はケイのところに行くから」


「いいのよいいのよ、食事さえみんなが揃えば。それじゃ、咲子には夜食、千秋にはお摘みでも作ろうかね」


3人の食事が楽しみと言いながら、いそいそと席を立ち、キッチンに向かう祖母に2人は呆気にとられた。

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