第130話 その5

「ほ、本当ですか、あのAAのオリジナル作品って」


「正真正銘、本人のオリジナル作品で、しかもまだどこにも発表されてません。ちなみにジャンルはですね……」


千秋に聞こえないように一色が芝原に耳打ちすると、芝原の驚きの混じった喜びの顔が全開となった。


「ま、マジですか」


「ええ、お約束通り、付加価値としてお渡しします」


「あ、ありがとうございます」


袋を受けとると、芝原は一色の両手をがっちり握り、最高の付加価値だとぶんぶんと腕を振る。

 興奮やおら覚めぬ芝原は、両腕でがっちりと袋を抱き締めて、何度もアタマを下げて退室し、廊下に出ると駆け出していった。


「……凄い効き目ね」


「凄いでしょう。彼が担当者である限り、もう契約を切られる事はないでしょうね」


 それは言い過ぎだろうと千秋は思ったが、あの様子ではそうかもしれないなとも思った。


「さて、会社に戻ろうか」


 会議室のテーブルと椅子を整え、軽く清掃して退室し扉を閉めた。廊下を歩いていると千秋はひょいと外を覗く。なにかを探しているような表情から、どうやら見つけたようで、外に向かって両腕で大きな丸を見せる。


何事かと思い、一色も外を見ると1台のバイクが道路の端に停まっていた。バイクの人も千秋に対して手を降ると、走り出して行き、もうまもなく見えなくなった。


「どなたです」


「舎弟よ」


「え、ノブさんですか」


 千秋はここに来るまでの経緯を話した。渋滞で絶対間に合わないと思ったと。


「それでどうしてまた」


「ダメもとでスマホに[助けて]って叫んだの。そうしたらバイクに乗ったノブがすぐに来てね、それでここまで乗せてもらって何とか間に合ったというわけ」


一色はまだよく飲み込めなかった。


「あのコね、盗聴癖があるのよ。たぶん私のスマホにも、そんなアプリを入れているかも知れないと思ってね、そしたらやっぱり入れていて、しかも近くにいたという訳なの」


あっけらかんと話す千秋に、一色は内心舌を巻いた。

 普通そんな真似をされたら大抵の女性は脅えたり気味悪がったりするのに、なにも無かったように話してる。


「それに動じないチーフには、やはり敵いませんね」


「それ誉めてないってば」


 2人は大笑いすると、塚本が待っている企画3課へ帰途についた。その足取りは実に軽やかであった。

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