第112話 その7

「いや、さっきも言ったとおり佐野君が帰国子女なのと、来たばかりで会社の事をよく知らないから、罪をなすりつけようとしただけだ」


千秋はそんな筈はないと思った。

 このような事が発覚したら直属の上司、この場合は護邸常務と経理課と経理部と人事課で話をつける筈だ。だが社長をはじめとするトップメンバーでわざわざ晒し者にされたのだ。誰かが必ず入れ知恵しているのは間違いない。


「佐野君、もういいだろう。君もコンペに行かなくてはならないだろう」


千秋は時間を確認すると、たしかにそろそろ戻って一色と合流する時間だった。


「私はショウコを送ってから戻るから、先に戻りなさい」


サトウはスズキを抱き抱えるように寄り添い、会議室を出ていく。千秋も後を追った。


もう覚悟を決めたのか、2人は手を繋ぎ肩を寄せあって廊下を歩いていく。千秋は追及を断念し企画3課に戻ることにした。




「チーフ、お疲れ様です。どうなりました?」


一色の不安そうな問いかけに千秋は笑顔で、無事に濡れ衣を晴らした事を伝えた。


「……そうですか、あのスズキさんが……」


会議室での詳細を、一色とその傍らにいる塚本に話すと、2人は表情が暗くなった。


「塚本さんには申し訳ないけど、彼女が横領していたのは事実だから、何かしらのペナルティはまぬがれないわ」


塚本は、こくんと頷いた。


「さあ、一色君、気持ちを入れ換えて、コンペに行くわよ」


千秋は自分にも言い聞かせるように一色に言うと、コンペ用の資料の入ったカバンを持ち企画部の部屋を出てエレベーターに向かう。塚本に気をかけながらもその後ろを一色は追った。


 エレベーターの到着を2人は無言で待つ。


「……課長とスズキさん、どうなるんですかね」


「気持ちを切り換えなさいって言ったでしょ、集中しなさい」


そんな気は無いのに、一色に言葉きつめに返事をする。しばらくの沈黙の後、千秋がぽつりと話す。


「会社としては横領を見逃す訳にはいかないの。スズキさんには同情するわ、でもねだからと言って見逃すと、こういう事情だったから、ああいう事情だったからと横領するのが続出するかもしれない。会社としてはペナルティを課すしかないの」


「課長はどうでしょう」


「同情の余地は無いわね」


「2人はどうなると思います」


「たぶん、自主退職扱いにはならないわね。2千5百万を回収しなくちゃならないから、2人の退職金で埋め合せすると思う。でも対外的には違う名目で退職させるんじゃないかな、横領されてたなんて面目が立たないもの」


「他の会社にナメられるかもしれないですからね」


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