魔の棲む山

 魔の山だの怪奇スポットだのと囁かれている山だ。

 森が深く、携帯の電波も届かないこの山は確かに山岳事故や遭難が多い。死体が見つかることも度々だ。自殺がほとんどだが事故死や他殺もある。だが、俺に言わせればここにはミステリーなんて一つもない。あるのはただ厳しい自然、それだけだ。それに太刀打ちできない人間が山を謎めいたものに仕立て上げて忌み嫌い、同時に食いものにするのだ。

 俺はこの山の案内人。死んだ先代からこの仕事を受け継いだ。これまで様々な連中をこの山に案内してきた。植物研究家、地質調査員、写真家、役人、警察、裏稼業の人間、山岳救助隊。UMAハンターなんて肩書きの男もいた。

 だが、最悪なのは何と言ってもテレビ関係者で、連中は自ら厄介事を引き起こしては助けろだの数字獲れそうだのと騒ぎ散らかす。無闇に山を荒らすのも奴らなら、一番山を舐めているのも奴ら。奴らこそ山の不名誉な噂を広めている元凶なのに、俺はまたしても御守りを引き受けていた。金のために。

 南の獣道から入って二時間、俺は愚痴の多い撮影隊を少し休ませて沢の様子を見に行った。先日の大雨で水量が増し、連中を渡らせるのは難しそうだった。遠回りのルートを考えながら戻ると、カメラ助手とADの姿が見当たらなかった。大人しく待ってることもできやしない。しかも、他の連中は誰も行方を知らないなどとほざく。あの二人の意味ありげな目配せには俺も気がついていた。大方、どこかにシケこもうという魂胆だろう。

 撮影隊にここから動いたら殺すと念を押し、少し戻った山小屋付近を探す。根本がくねくねと曲がった大ヒノキの前でカメラ助手の女が地べたに倒れ込んでいた。一人だ。

 近寄ってみると、女はショック状態で震えていた。顔に血がついているが自分のものではない。前の地面には何かを猛烈な勢いで引きずっていったような跡がある。熊か? いや、違う。

「ツノ」

「え?」

「ツノが生えた、バケモノ」







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