第33話 犬と猿の仲
「へー、大西課長、浮浪者になってたんだ……」
「そうなんだよ。それにどうも凛が一枚噛んでるみたいだしさ、どうなってるんだろ」
祝日の午後。
俺はコーヒーショップで、一尺八寸と先日あった出来事を話していた。
店は大勢の客が会話をしているが落ち着いた雰囲気があり、のんびりと俺たちは会話を続ける。
「そう言えば、木更津くんが辞めた直後だったもんね、大西課長がクビになったの」
「ああ、言ってたよな……」
そこに凛が絡んでいる、というわけだ。
しかし全く関係のない会社の人間をクビにできるって……凛ってば何者?
考えれば考える程、彼女のことが分からなくなってくる。
「それで……その日は二人でデートしてたんだ?」
「ん? デートって言うのかなあれは? 凛の好きに行動してたら俺のことばっかだったし、デートって言うよりはマネージャーにでも連れられてた気分だよ」
芸能界なんかのマネージャー。
服選びとかそんなことまでするのかどうか知らないけれど。
そもそもマネージャーなんてついたことないからどんなのか知らないけれど。
でも気分はそういったものであった。
「あれ、どうした?」
「別に」
一尺八寸は何故か面白くなさそうな顔をしていた。
何か変なこと言ったかな、俺?
「あの……あの子と出かけたんだったら、私ともお出かけしてくれる?」
「ああ。別に構わないよ。それに今日はそのつもりで来たしな」
一尺八寸に誘われてやって来たのだ。
と言うか、元々そういうつもりだったのに。
来てからそんなこと確認するか?
「じゃあ……買い物に行こっか」
「いいよ。一尺八寸の行きたい店に行こう」
俺たちはコーヒーショップを出て、適当に町をぶらついた。
一尺八寸は特に何かを買うわけでは無いが、とても楽しそう。
商品を手に取って見ているだけで幸せになれるなんて、良い性格してるよ。
「ねえ木更津くん。こんなの似合うんじゃない?」
「そうか……?」
大型ディスカウントストアを見て回っていた俺たち。
一尺八寸は国民的人気ねずみモンスターをモチーフにしたかぶり物を俺の頭に乗せる。
いや、こんなの似合う奴いるのかよ。
可笑しそうに笑う一尺八寸を見て、俺はかぶり物を一尺八寸の頭に乗せ帰す。
「お前も恥ずかしい気分を味わうといい……」
一尺八寸の恥ずかしがる顔を見ようとするも、想定外のことが起こってしまう。
かぶり物をかぶった一尺八寸が、驚くほどに可愛かった。
似合う奴いた。
目の前にいたよ。
「……え、そんなにおかしい?」
「い、いや、可笑しくない……可愛い」
「…………」
一尺八寸は顔を赤くして、かぶり物を商品棚に戻す。
そして俯いたまま俺に訊ねる。
「そんなに……可愛かった?」
「ああ。控えめに言っても可愛すぎ」
「そうなんだ……」
すると一尺八寸は商品棚の中から猫耳を取り出し、それを装着して猫の手を作り甘えるような声で言う。
「か、可愛かったら、もっと甘えてもいいかにゃ?」
「……いいですとも」
こんな可愛い猫に甘えられたら、誰だって断るわけないでしょう。
しかし一尺八寸は恥ずかしくなったのか猫耳を戻し、真っ赤な顔で俺の腕を取ろうとした。
「な、なんだか自分らしくないことしてしまったような――」
「本当にそうだよ。自分らしくないことはしないで、誰かの相談にでも乗ってきてちょうだい」
だが俺と一尺八寸の接触を阻止するかのように、凛が間に割り込んでくる。
「凛!? なんでここに……」
「んふふ。凛の情報網を甘くみないでほしいなぁ」
胸を張ってそう言う凛。
一尺八寸は凛の登場にムッとし、俺の腕を引いてこの場を立ち去ろうとする。
「行こ、木更津くん。今日は二人でお出かけ――っ!」
だが凛が逆側の俺の手を引き、一尺八寸に抵抗を見せる。
「もういいから、一尺八寸さんはどこか別の誰かと遊んで頂戴。これから直くんは凛と遊ぶんだから」
「いや、今日は私と約束してたんだから、出しゃばらないでよ」
俺を引っ張り合う二人。
その力はすさまじく、本当に腕がもげてしまうのではと懸念する程であった。
「お、おい。仲良くしろよ、二人とも。凛も来てしまったんなら、一緒に行動すればいいだろ?」
「「…………」」
ジト目で俺を見る一尺八寸。
凛は一尺八寸に挑発的な視線を向けている。
「直くんは優しいから。あなたみたいな人も一緒に相手してくれるんだって」
「相手してもらうのはあなたの方でしょ? 急に現れて……」
「急じゃないよ。計画通りだよ」
「それはあなたの都合でしょ? 私は木更津くんと一日楽しもうとしていたのに」
「その計画を潰しに来たの。これ以上直くんに興味を持たれたら困るしね」
「…………」
本気で睨み合う二人に挟まれ、俺は大きくため息をついた。
本当に二人は犬猿の仲ってやつだな……
なんでこんなに仲が悪いんだ?
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