第29話 時間って大事だよね。ええ。無駄に使うわけにはいきませんよね
俺と凛は大型ショッピングモールに入り、服屋にやって来ていた。
鼻歌交じりで服を物色する凛。
俺は黙って彼女の後ろをついていく。
「ねえ直くん、これなんかどうかな?」
「い、いいんじゃないか……」
「だよねー、可愛いよねぇ」
上機嫌で服を選んでいる凛。
その笑顔はとても素敵で、写真に撮りたいほどだ。
しかしおかしな点が一つだけある。
それは凛が、自分の服を選んでこんな顔をしているのではなく、
「いや、凛の行きたいところってここ? なんで俺の服選びに来てるわけ?」
「だって、直くんを喜ばせるのが凛の至上の喜びなんだよ?」
「いや、そんなこと喜びにするなよ」
「ねえ、それでどの服が一番良かったかな? と言うか、直くんは気に入った服はある?」
「んん? ああ、この辺りの全部良いよな」
「そうなんだ……あ、ここからここまで全部下さい!」
店員に向かって、ワンコーナーの端から端まで指して凛はそんなことを言った。
「おいおいおいおい! やめろ! そんなバカのセレブみたいな買い方するな! そんなに服があっても困るから!」
「大丈夫大丈夫。直くんに衣裳部屋も借りてあげるから」
「場所の問題じゃなくてそんな量が必要ないって言ってるんだよ!」
「えー。直くんの色んな服装見たいのにな……」
俺が着替えた姿なんかに大した価値は無い。
凛の着替えには価値があると思うけど。
兎に角だ。
服は大量にあっても困るだけ。
必要な分だけあればいいんだから。
「ほ、ほら。俺の服以外に見る物ないなら店出ようぜ」
「はーい」
素直に応じる凛。
俺は安堵のため息をつく。
意外とすんなり言うことを聞いてくれたな。
「ねえ直くん。寄りたいところがあるんだけどいいかな?」
「ああ。どこでも付き合うよ」
「嬉しっ。直くんは優しいね」
「普通だろ、普通」
「普通じゃないよ、感動するぐらい優しいよ」
「あ、そうですか……」
ここで否定したら凛はきっとまた暴走してメチャクチャなことを言い出すはずだ。
ならばここは素直に受け取っておこう。
本当に優しいかどうかは別として。
「あれだよね、神様と間違えるぐらい優しいよね。なんて言うのかな……神々しい? って言葉がしっくりくると思うんだ」
「…………」
「直くんの優しさは凛の世界を変えた……まさしく神だよね。人の世界を変えるだなんて、中々できることじゃないよ。あれだよあれ、日本も直くんのことを国宝に認定した方がいいと思うんだ」
「だからなんで俺をそんなに持ち上げるんだよ! 恥ずかしいわ! 世界を変えることなんてできなし、国宝に選ばれるなんてことは絶対に無い!」
結局暴走しやがった。
キラキラした目で好き勝手言い過ぎだ。
本当に恥ずかしい。
こんな可愛い子がそんなことを延々と話すものだから、周囲の人たちが俺に視線を集中させている。
そんな素晴らしい人間じゃないので、俺なんか見てもなんの価値もありませんよ?
「そ、それよりさっさと行こうぜ。時間がもったいない」
「そうだよね! 直くんの時間を使ってもらってるのに、こんなのんびりしてる場合じゃなかったね!」
「そういう意味じゃない! ったく……」
凛は俺の手を取り走り出す。
彼女から香る甘い匂いとその手の柔らかさに俺はドキドキしていた。
これだけ美少女だったらモテるだろうに。
実際大学前では人だかりができるぐらいには、漢に言い寄られてたみたいだし。
でも全く興味無さそうだったな。
俺と樹以外の前ではあんな様子なのか?
「なあ凛。大学の友達とはどんな会話してるんだ?」
「友達? いないよ」
「い、いないの?」
「ん? 必要?」
「必要……じゃないのか」
「うん。必要じゃない」
これ以上ないぐらい輝かしい笑顔でそう言い切る凛。
「友達が欲しい人はそれでいいと思うけれど、凛はいらない。友達に裂く時間がもったいないよ」
「もったいないか」
「うん。凛は忙しいから無駄な時間は使いたくないんだ」
自分の人生なのだからそれこそ本人の自由だろう。
俺だって友人は樹以外にいない。
それ以上は、凛じゃないけれど必要だとも思わない。
それは寂しいことなのだろうか?
いや、俺は違うと思う。
世間では友達は多い方がいいなんて流れになっているけれど、少なくてもいい。
自分はそれで寂しいだとか辛い思いをしたことはないのだから。
友人は樹がいてくれるからそれで十分なんだ。
凛は俺以上に友達を必要としていないらしい。
そこにきっと、寂しいなんて感情は皆無なのであろう。
凛の顔を見ていれば分る。
だって彼女の瞳はいつも輝いているのだから。
まぁ学友に囲まれている時はどす黒いけれど……
しかしそれは凛がそれらを煩わしく思っているからだろう。
そして自分の幸せの定義がしっかりしている凛は、友人など必要ないと判断したんだ。
結局のところ、一番大事なのは幸せとはなにか。
ということだと思う。
樹は樹の幸せを。
凛は凛の幸せを。
俺も……俺の幸せを見つければいいだけなんだ。
凛の笑顔を見て俺も笑う。
いつも凛には学ばせてもらっているような気がする。
年下なのに、凄い奴だよな、凛って。
「凛は直くんに時間を使うって決めてるから!」
「おい。それもどうかと思うぞ」
俺は呆れて笑いながら、凛について行く。
今日はとことんまで凛に付き合おう。
俺はそう決めて、速足で彼女の隣を歩いた。
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