第82話 指輪をくれた君。−5
明日になって、また春木が来てくれることを待っていた。けど丸一日が経っても春木は私の見舞いにこなかった。
「今日は来ないかな…」
またノートパソコンを見て時間をつぶすしかできなかった。その時、外から誰が病室の扉をノックする音が聞こえた私は思わず春木を思い出した。
「はる…」
「体の具合はどうですか?お嬢様。」
「ニノさん?」
ニノさんが書類が入った封筒を隣のテーブルに置いて私に話した。
「お嬢様をいじめた3人がただいま逮捕されました。」
「どうやって捕まえました?」
「学校中に設置された監視カメラからいただいた映像に3人の顔が正確に写っていて、今朝資料をまとめて署に提出しました。」
「ありがとう…ニノさん。」
急に胸が痛くなる、あの人たちの話を聞いたせいかな…?
「…大丈夫ですか?」
「うっ…大丈夫です。」
「ご無事で何よりです。」
「ありがとう…」
「ではお先に失礼します。お嬢様。」
「はい。」
病室を出る二宮の目はすでに心配と不安に満ちていた。ずっと春日のことを見てきた二宮は100%まではないけど、常に無表情で自分の気持ちを隠している春日ことを知っていた。
でも大人として言えることは何もなかった。学生時代に起こることに大人が手を出したらどうなるかよく知っている二宮だった。
それでただ見守るだけ、けど最近は春木と言う男の子とよく話している春日が見えた。楽しそうな顔と笑っている春日のことを見つめていた二宮はその後内緒で春木に近寄った。
「ニノさんも忙しそうだね…」
また一人になった私は枕に顔を埋めて憂鬱な気持ちを感じる1日を過ごした。夜になるまで春木は見舞いに来なかった、一人でじっとしていたら頭の中に雑念が湧いていることが感じられる。それは春木のせいでもないのに、気づいたら私は見舞いに来てくれない春木のことを一人で怒っていた。
今更考えたら意地悪だった…
外に出られない状況が退屈だ。
春木が来てくれないから退屈だ。
退屈だ、退屈だ、退屈だ、退屈だ、退屈だ、退屈だ…
なんで今日の月明かりはとても寂しく感じられるのかな…
深まる夜、あの日は春木が来なくて動画を見ながら寝る寂しい夜だった。そして次の日も、その次の日も春木は見舞いに来なかった。最初は春木も忙しいと思ったけど、その思いはいつか私から会いたい気持ちに変わっていた。
なんで数日が経っても私を見にこない…?
いよいよ明日が退院する日、結局春木は私を見に来なかった。それはそうだよね…恋人でもないし、やはり人は報われない恋なんかするはずがない…
春木が見舞いに来ることを当たり前のように考えていた、何を期待していたかな…バカみたい。
「春木のバカ…」
だんだん憂鬱になる私は布団をかけて目を閉じる。
明日は週末だから早く家に帰って休みたい…春木なんかどうでもいい、もういらない。
もう…誰もいらない…
一人はとても怖い、だから慣れないといけない。
……
深い夜、ぐっすり眠れた春日の耳に急いで歩く人の足音が聞こえた。静かな病棟で人けもいない夜だったから余計に気になった。
その音に目が覚めた。足音がだんだん私の病室に近づいたから知らないうちに恐ろしさを感じてしまった。
そして扉が開けられた瞬間、布団の中に身を隠した。
「はあはあ…遅くなってしまった…」
春木の声…?
息を切らして小さい声で言う春木の姿が布団の中から見えた。
「武藤さん…ぐっすり眠れたようだ…」
そう言って春木は隣の席に座ってこっちを見ていた。
「武藤さん、来ました…」
春木…
「数日間、見舞いに来なかったのは…あの急に大会があってちょっと他の地域に行ってきました…と言って聞こえないかな…
布団を頭までかけたら息苦しいですよー」
布団を直してあげる春木とその中で起きている春日が目を合わせた。
「あっ…」
「あれ…寝てなかったんですか…」
「う…」
春木の顔を見たらなんとなく涙が出てしまう、なんだよ…
「え…?え…?体がまだ痛いですか?」
「…」
「今、あの医者!」
慌てて病室を出ようとする春木の袖を掴んだ。
実は来てくれたことがすごく嬉しくて涙が出ると、絶対に言えない私だった。びっくりして振り向いた春木はそのまま私に引っ張られて椅子に座る、もっと顔が見たいからそのままいてほしかった。
「痛くない…ここにいて。」
「は…い。」
「ね、今何時?」
「10時29分ですね。」
「ご両親に怒られない?」
「…それは…仕方ないですね。」
「バカ…」
「会いたかったから…仕方がありません。」
…会いたかったとか言われた。湧き上がるこの気持ちはなに…
そして春木はポケットから何かを出して話を続けた。
「これですね!武藤ね…いや…さんにプレゼントします!」
「それは…?何?ごめん…暗いからよく見えない…」
「指輪です。」
「指輪…?」
指輪…指輪…?え?それはなんか…プロポーズみたいじゃない…
「なんで…?」
「実はですね…お守りを買いたかったけど、近所に売ってるとこがなかなか見つからなかったから…つい。」
「指輪…」
「なんか気持ち悪いですね?やはり指輪なんか…プロポーズじゃあるまいし…」
「いいよ…気に入った。」
ちょっとだけ…いや、すごく嬉しかった。
「ね、嵌めて。」
左手を春木の前に出した。私の手を触ってゆっくりとその指輪を嵌めてくれた春木の顔が月明かりに照らされて真っ赤になっていた。
「ピッタリー!」
「よかったー!」
銀色の細い指輪…人から初めてプレゼントをもらった。
「春木。」
「はい?」
「嬉しい、あの川辺で春木と出会ってよかったと思う。」
「僕もそうだと思います。僕は友達がいるけど普段はいつも一人だから…」
「うん!指輪、大事にするよ。」
一人ってことは春木も同じで、その虚しさを他のもので埋めることで道を進むのができた。私より年下のくせにちょっと大人っぽく見えることが悔しいけど、おかげで勇気をもらった。
「そんな恥ずかしいことは言わないでください…」
「なーに?そう?恥ずかしい?」
「知らない…」
「ね、春日。」
「はい?」
「耳貸してー」
私はかすかにほほ笑みながら近づく春木の耳にこう囁いた。
「もっと大きくなったら私と付き合ってみない…?」
「…あっ。」
その後、耳から離れて見る春木の顔が真っ赤になって私と目を合わせた。先の言葉を意識して恥ずかしくなったのか、すぐに私から目を逸らしてしまった。
そして病室の外でこの二人を密かに見守っていた二宮がほほ笑む。
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