第81話 指輪をくれた君。−4
運転手の二宮さんが戻ってこない私のことを心配して学校中を探し回った。
「…ニノさん。」
その姿が霞んで見えるのはさておいて、顔を上げるのも首が痛くてもうダメだった。
「大丈夫ですか…早く病院に行きましょう。」
二宮さんの声がよく聞こえない…
体のあちこちから先輩たちに殴られた苦痛が広がっていて、もう声を出すこともできなかった。目を閉じている時、二宮さんの背中に背負われた私はどこかに向かっていることを気づいた。
「…ニノさん。」
「もう病院に着きますので少しだけ我慢してください。お嬢様…」
「私…」
それから意識を失って、目を覚めた時はすでに病室の中だった。ひどく殴られた体にはまだあの時の痣が残っていて不安になった私は自分の手を掴んだ。
「…うっ、痛い。」
私がいじめられたことを家族には内緒にした。誰にも心配をかけたくなかったからニノさんにもそう伝えて、私は密かに一人で退院を待つことにした。
涙が出そう…今更我慢してきた涙が頬を伝って寂しく手の甲に落ちる。誰もいない病室ですすり泣く私に友達なんていなかった、もしこのままだったら本当に一人ぼっちで終わる人生を過ごすかもしれない恐怖感に襲われた。
クラスの中に仲良い友達もいないし、腹を割って話せる恋人もいなかった。
そんなことを考えているうち、病室の中を訪ねる一人の客がいた。
「武藤春日…さん…」
元気なさそうな声で私の名前を呼んだ人は春木だった。
「春木…?」
「あ…!体の調子は…どうですか?」
「春木、どうしたの?なんか落ち込んでいるね…」
小心な声で私に聞く春木。
「入ってもいいですか?」
「うん、こっちに来て。」
隣の椅子に座ってもあたふたする春木の様子は同じだったから逆にこっちから気になってしまう。
「ね、何かあったの?すごくあたふたしてるよね?」
「え、あの、む…とうさんがいじめられたって聞いて…大丈夫…かな…と…思って。」
だんだん小さくなる春木の声は私の代わりに悔しさを隠していた、膝に拳を置いて震えている春木はその悔しさに堪えきれずつい私の前で涙を流した。
なんで君がそこまでしてくれるの…
いいよ…もう泣かないで…
気づいた時は手を伸ばして春木の頭を撫でてあげる私がいた。小さい子供が私のために流してくれたあの涙に妙な気持ちを感じた。
しばらくすすり泣いた春木は私を見つめて話しかけた。
「…二宮さんに聞きました。」
「ニノさん?」
「はい…学校の先輩たちにいじめられて…今は心がとても不安の状態だと…」
「だからそんなにあたふたしてたの…?」
「…はい。」
「そう…?」
「もともと様子だけ確認してすぐ帰るつもりでした…人が会いたくないかもしれないから。」
この子に気遣われているって…小学生のくせに可愛いすぎ…
「ってなんで先、入ってもいいですか?とか聞いたの?すぐ帰るつもりじゃなかった?」
今まで人に心配をかけることがなかったから逆に人から気遣われたこともなかった。慌てるその姿も心配している顔や振る舞いも…見ていたらなんとなく笑いがでた。
「…え、し…心配になって…?かな…?」
「ふんーそうなんだー」
少しからかって見たらすぐ目を逸らして口ごもる春木、そのおかげで心が少し楽になった。来てくれて、心配してくれてありがとう…と言いたかった私は恥ずかしくて伝えたい言葉を口に出せなかった。
「照れてるー?」
「え…男だから照れていません!」
「…何その顔は。」
「分かりません…」
その後、二人は言葉を交わして時間を過ごした。でも幸せの時間もあっという間に終わってしまうもの、まだ走りの練習が残っていた春木があいさつをしてから練習に戻った。
病室の中から残された気分に囚われて、ぼーっとしてノートパソコンを見ている春日は先ほど交わした普通の話を思い浮かんで外を見ながらほほ笑んでいた。
「もっと大きくなってほしいなー春木、明日も来てくれるかなー」
誰もいない病室で連絡する友達もいないのになぜか幸せそうな顔をして明日を待っている春日がいた。
君と出会ってからちょっとだけ笑うことができて、また君がいる明日を楽しみたいと思っている。
何もいない私を支えてくれる立派な男になってほしい、春木。
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