第73話 体育祭。−9
七瀬先輩から逃げて席に戻って来た。まもなく走りの種目が終わって総合戦の前に3年生の借り物競走が行うところだった。
「ん?夕、康二は?」
「え…まだ戻ってないかー先トイレ行くって言ったのにな。」
「そう?じゃ俺も顔を洗ってくる。」
…なんか体の調子が変だ。目眩がするようなそうでもないような…変な感覚がしたけど気にせず顔を洗って鏡を見た。
顔色は大丈夫だったけど、なんだろう…変ってしか言えない。
「もしかして冷や汗か…熱でもあるのか。」
眠気も少し感じられている、慣れてないことに無理したせいか鏡に映った俺は本当に疲れている様子だった。
「先輩…遅くなってすみません…」
トイレの外から康二の声が聞こえた、誰かと話しているような言い方だった。
「…私も遅くなってごめん。」
「実は…やはり、先輩のことが好きでした。」
え…告白現場…?
「中学の時に好きだった人と似てて…心の整理がうまくできなかったので…」
「分かる…ありがとう。絶対にあの子と付き合うと思ったのに…びっくりしたよ。」
「さやかとは普通の幼馴染…だけなんです…」
「…うん。」
おめでとう…康二にも彼女が出来たなー、それにしてもなんで出口の前でそんな話をしてるんですか…お二人。
そこで話してたら出られないじゃない…
「先輩、それじゃ戻ります。後で…」
「うん!」
少し間を置いてトイレから出た。
聞かなかった方がよかったのか…なんか他人の話を密かに聞くのは気に入らないな。
「でもよかった…」
「何が?」
康二…?、出口の壁によって携帯をいじる康二が俺に話をかけた。
「なんだ、いたのか…」
「トイレの中にいただろう?春木。」
「知ってたのか。」
「もちろんさ。」
俺が聞いていたことを知っていたのにそんな話をするのか、意外に大胆な性格だった。平然とした顔で携帯をいじる康二はまるで何もなかったような…
「なら仕方ないな…急に聞こえたから仕方なかった。そしておめでとう、康二。彼女ができたなー」
「そう。」
「なんだ、嬉しくないのか。」
「嬉しいさ。」
「まぁー幸せになって、心から祈る。」
「ん、ありがとう。」
なんだ、あの元気なさそうな声と顔は…彼女ができたのに嬉しくないのか。こんなことができたら一番嬉しそうに話すのはやつだと思ったけど、気にしなくてもいいよな。
そのまま俺は夕がいるところに戻って行った。
「あ、春木ー康二は?」
「誰かと電話中だった。」
「そう?もう借り物競走が始まるぞー」
「うん、俺も見る。」
確かに武藤先輩が借り物競走に出るって言ったな、騒々しい運動場を見回したら真剣な顔で走りの準備をする意地悪団子が見えた。
「かわいい…」
「3年の先輩たちはなんか大人っぽくない?」
「大人…っぽい…先輩…」
だめだ、頭の中から浮かび上がる先輩との思い出に大人っぽい記憶がない…
「あの中から一人は除いた方が…」
「うん?なに?」
「いや、なんでもない。」
そして3年生の借り物競走が始まった。
走れ…団子ちゃん。
「いよいよ、始まる3年の借り物競走!スタート!」
3年の先輩たちがそれぞれのメモを取って書いていたものを探していた。その中からメモを見てニヤニヤ笑う先輩の顔が見られた、その顔を見たらやはり簡単なものが書いてるらしい。
「うん…?」
「春木、なんか武藤先輩ここに向かっているような気がするけど…」
そんなわけあるか、先輩は俺たちがいるところの反対側で走ってるから…
から…
「ハルー!」
なんでこっちに向かっているんだ。
もしかして1年とかそんなことか、遠くから走ってくる先輩は俺を愛称で呼んでいた。先輩の声が響く場所には他の男たちが俺のことをすごく睨んできて、なんか気まずくなってしまった。
「なんだ、あの1年は…」
「あんな綺麗な人と…」
「生徒会長…好きだった…」
「俺も生徒会長と付き合いたいー!あああー!」
いちいち反応するのも疲れないのかこの人たち…
人たちの話に気にしない先輩は俺の前まで走って来た。息切れして俺の手首を掴んだ先輩はただ一言を言い出した。
「行こう!ハル!」
「え?どこに?」
「ゴールに決まってるでしょう?」
「へー」
「ハルはもっと走れる?」
「はい、行きましょう!」
席から立ち上がって先輩とゴールに向かう時、掴んでいた手首を離して俺の手を繋いだ。暖かくて柔らかい感触が伝われる先輩の手、二人は手を繋いだままゴールまで走った。
ゴールまでの短い距離、その間俺はそばで走ってる先輩の横顔をちらっと見た。揺れる団子頭、そして先輩は楽しい顔をしてほほ笑んでいた。
「楽しいよー!」
ただの走りでこんなに幸せになるとは思わなかった、そうでしょう先輩。俺もすごく楽しいー、この瞬間が続いてほしいくらいだ。
「楽しいよ。春日。」
後で教えてもらった先輩のメモには『好きな人』と書いていた。
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