第96話 静香の英雄

 ヤンキーはスマホを取り出して、何やら画像を再生した。



「うーん、やはりこいつらか」



 独り言を言うと、武井のところに近寄り胸ぐらを掴み睨みつけた。武井は、ガタガタと震え出した。



「どうか許してくれ。 あの娘には2度と近寄らない」


 武井は、右肩付近を痛そうにおさえながら、弱々しい声で許しを請うた。



「武井と言ったな。 前にも同じように悪さをして痛めつけられただろ。 懲りない奴だ。 おまえのスマホを渡せ」



「その事を、なぜ知ってるんだ …」



「おまえ、俺が言った事を聞いているのか?」



ボスッ



「ゲホッ」


 ヤンキーは、武井の下腹部に拳を入れた。



「これを …」


 武井は、スマホを差し出した。



「ところで、おまえ。 田所 雅史を知ってるだろ。 どんな関係だ?」



「何で、そんなことを …」



「早く言え!」



パンッ



 ヤンキーは、武井の頬を平手で叩いた。



「中学時代の同級生だ。 陰で悪さをする仲間だった。 奴は頭が良いから、高校は有名な進学校に行ったが、俺は普通の公立高校だった。 だから、直接会う事はなくなっていた。 しかし、俺は少し前に柔道部の顧問を怪我させて退学になってしまって、それからは暇だから連絡するようになっていた」


 武井は、素直に答えた。



「もしかして …。 前にデカい男に痛めつけられたんだが、あんたは そいつの仲間なのか?」


 武井は、恐るおそる聞いた。



「テメーに関係ねえ。 それより、おまえと、そこに寝ている2人の住所氏名を教えろ!」


 ヤンキーは、3人の個人情報を聞き出した。その後、残りの2人のスマホも取り上げて、この場を去った。



 ヤンキーがいなくなると、3人は ほうほうの体で逃げ帰った。





 静香は、駐車場で運転手の武藤と合流し、先ほど起きた事件の内容を説明した。


 そして、直ぐに2人で現場へ向かったが、すでに誰もいなくなっていた。


 すると、静香はおもむろに電話をかけた。声が涙ぐんでいる。



「静香です。 さっきは、助けてくれてありがとう。 無事なの? 怪我はしなかった?」



「ああ、無事だ。 あんな奴ら、どうって事ねえよ」



「無事で安心したよ」


 静香の声が元気になった。



「武藤と、現場に来たけど …。 近くにいるの?」



「いや、そこを離れて家に向かってる。 あの3人には、きついお灸を据えて置いたよ。 それより、早く帰った方が良いぞ」



「分かったわ。 日を改めて、お礼に伺うわ」



「そんな事、気にしなくて良いから」



「ありがとう、元太さん」



 電話を切った。



 静香の涙ぐんだ声を聞いて、俺は心配になってしまった。

 


◇◇◇



 静香が家に帰ると、母の優実が心配そうに待っていた。武藤が連絡したようだ。



「静香、そこに座って。 何があったのか説明しなさい」



「はい。 図書館に行った帰りに3人の不良に絡まれました。 それで、元太さんに助けてもらったんです」



 静香が答えた直後、他の場所から大きな声がした。



「えっ、何で元太が? もしかして城東公園の近くにある都立図書館に行ったの?」


 2人の会話を聞いて、姉の香澄が静香の隣に座った。



 静香は、小さく頷いた。



「その図書館は、元太がいつも勉強してる場所なんだよ。 何であんたが行くのよ?」


 香澄は、不機嫌をあらわにした。



「お姉様には、関係ないわ」


 静香も食ってかかった。



「2人ともやめなさい!」


 優実は、2人の娘を見て呆れたような顔をした。仲良くしてほしいのに、上手く行かないことを嘆いた。


 

「元太さんの事は、父さんの考えがあるから、それに従うのよ! 性格が違う姉妹なのに、何で同じ人を想うの?」


 2人の娘を見ると、睨み合って火花を散らしているようだ。



「私は、お父様から元太と結ばれてほしいと言われてるわ。 公認の関係なのよ!」


 香澄は、得意げに話した。



「話がややこしくなるから、香澄は席を外してちょうだい」



「えっ」


 香澄は驚いたような顔をしたが、優実に従い席を外した。



 香澄がいなくなると、優実は静香に優しい眼差しを向けた。


「静香、約束をしてちょうだい。 まず、父さんが許可を出すまで、元太さんと会わないこと」


 優実は、静香を諭すように言った。



「お母様、それはできません。 元太さんには初めて会った時から惹かれていたけど、今夜、助けられてハッキリと分かったの。 私はまだ中学生だけど、人を愛する気持ちは大人の人と変わらないわ」


 静香は、母に必死に訴えた。



「あなたは、今度、高校受験なのよ。 恋愛は、少なくとも、その後にするべきね」



「お母様も知っての通り、私の学力は全国のどの高校でも合格できるレベルにあるわ。 恋愛は、受験の後と言うなら従うけど、でも、お姉様がちょっかいを出さないようにしてください」



「香澄の事は、分かったわ。 だから、約束を守ってちょうだい。 それから、夜道の1人歩きはしないこと」


 静香は、無言で頷いた。



「でもね、人を愛する気持ちは大切よ」


 母は娘に優しく言った。



◇◇◇



 俺は家に帰ってから、神野に電話した。



「よお、三枝。 どうした?」



「さっき、女学生に絡んでた不良3人を叩きのめした。 そいつら、高校を中退した連中だったが、調べたら神野が懲らしめた奴らだった」



「例の、カツアゲしてた連中なのか?」



「ああ、そうだ。 もうしないと言ってたが、あいつらは約束を守るはずがない」



「それで、どうしろと?」



「3人の、住所、氏名を聞き出して、スマホを預かって来た。 角坂にスマホの情報を解析してもらって、今後、悪さができないように仕向けられないか?」



「そうだな。 田所を連れて来た時に、奴のスマホも取り上げて、まとめて釘をさすか。 ワハハ」


 神野は、愉快そうに笑った。

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