第90話 佐智代の父
「さあ、来て!」
佐智代は、ケインの手を引いて玄関に招き入れた。
「パパ、連れて来たよ!」
佐智代の声がした後、両親と妹が出迎えた。
「初めまして、ケイン田嶋です」
「そうか、上がりたまえ」
佐智代の父に言われ、リビングに入った。
「あなたは、アメリカ人なの?」
いきなり、佐智代の妹が聞いて来た。
「ああ、アメリカ人だ」
「えっ、ケインはアメリカ人なの?」
今度は、佐智代が聞いて来た。
「俺は アメリカで生まれたから、国籍はアメリカ人なんだ」
「そうか、ケイン君はアメリカ人なのか」
今度は、佐智代の父が聞いてきた。
「はあ」
さすがの ケインも、困ったような顔をした。
「ところで、ケイン君は、実業家になりたいんだってな?」
佐智代の父は、優しく聞いた。
「佐智代さんから聞きましたが、お父さんはシステム開発のベンチャー企業を経営されているとか?」
「そうだよ。 俺のサクセスストーリーを聞きたいって言うんだろ。 まだ、成功したとは言えないがな」
「パパ。 そんな事をケインに言っちゃダメ!」
「おいおい、佐智代。 正直にいかんとダメだぞ!」
佐智代の父が優しく言うと、彼女はバツが悪そうに、リビングを離れた。いつの間にか、佐智代の母も妹もリビングからいなくなっており、2人きりになっていた。
「ケイン君、本当に聞きたいのか?」
佐智代の父は、嬉しそうに話した。
「システム開発と言いますが、どのような分野なんですか?」
「ああ。 通信関係のソースプログラムの開発やメンテナンスをしている。 社長と言っても従業員は5人なんだ。 だから、自分もシステムエンジニアをしてるんだ。 君はシステム開発とかに興味はあるかい?」
「興味は、ないことはないです」
ケインは、従業員5名と聞いて落胆していた。
「赤塚ギャグみたいな答えだな。 駒場学園高校に入れたんだから、理系の大学を目指せば、システムエンジニアになれるぞ! 奥が深くてやりがいがある仕事だと思ってる。 君も早く目指すものを見つけられると良いな!」
「はい」
ケインは、素直に答えた。
「ところで、君のご両親は何をしてるんだ?」
「父はアメリカ人なんですが、事業に失敗して、お恥ずかしい話ですが、両親が離婚してしまい …」
「スマン、悪い事を聞いたな」
「いえ、話させてください。 母と俺は、父を捨てて日本に来たんです。 最低な事をしたんです」
「そうなのか」
佐智代の父は、しばらく黙り込んだ。
「ケイン君、大変だったな。 辛くなったらいつでもここへ来なさい。 プログラミングを教えてあげるからな。 娘たちは興味がないようだが、覚えると楽しくなるぞ!」
「はい。 ぜひ、また 来させてください」
ケインは、アメリカの父の顔を思い出していた。佐智代の父の言葉が嬉しかった。
そんなケインを見て、佐智代の父は肩を叩いた。
「地道にやる事が大切だ」
佐智代の父は苦労人で、ケインの浮ついた心を見透かしているようだった。だからこそ、その言葉がケインの心に刺さった。
◇◇◇
木曜の夕方になり、香澄とのミーティングの日が来た。
「ねえ、どうなってるの? 不思議なのよ」
いきなり、香澄が大きな声で話した。
「どうしたんだ。 何か悪い事が起きたのか?」
「ううん。 むしろ喜ばしい事なの」
香澄は、口元を緩めた。
「なんなんだ?」
「変態が、私のところに来なくなったの」
「良かったじゃないか!」
「そうだけど …」
「おまえ。 まさか、奴に心が動いたのか?」
「違うわよ …」
香澄は、なんか様子が変だ。
「正直に言ってくれ!」
「私の事が気になるの!」
「ああ。 だから、言ってくれ」
「じゃあ言うわ。 心って不思議よね。 これまで、毎日のようにケインが来て、私は冷たくあしらってたわ。 だけど、月曜からピタッと来なくなったの。 最初はセイセイしたわ。 でも、なぜ来なくなったのか理由が気になっちゃってさ」
理由はともかく、俺は ケインに香澄の心を盗まれた気がして焦った。
「あいつの事だ。 何か企んでるに違いない。 だから、気をつけてくれ!」
「元太さんが、今 言ったような事を、自分の気持ちとして ちゃんと言ってくれると安心できるんだけどな …」
香澄は、俺を試すような目で見た。
「香澄さん、ケインなんかに惑わされるな。 頼む!」
俺は、思わず叫ぶように言ってしまった。
「もう一度!」
「香澄さん、俺以外を見ないでくれ! はッ」
気がつくと、俺は香澄に訴えていた。
「うん。 分かったよ。 安心しな、元太!」
香澄は、この時を境に 俺の事を呼び捨てにするようになってしまった。
「元太。 まだ、報告があるのよ」
「香澄さん、今度は何だよ?」
「ダメ、私の名前は呼び捨てにして!」
「分かった。 それで、香澄どうしたんだ?」
「道場に無断で侵入した 高鳥 佐智代っていたでしょ」
「ああ。 少し変わった娘だったよな」
「そう、その娘がね。 何と、ケインと付き合い始めた見たいなの」
「なんだ それが、ケインが香澄のところに来なくなった理由じゃないか」
「フフッ、そうよ」
香澄は、当然のように笑った。俺は彼女に、してやられたと思った。
「ところで、何で 分かったんだ?」
「1年の空手部員に、関根 紗栄子っているでしょ」
「ああ。 高鳥と道場で揉めてた娘だよな」
「その娘がね。 ケインが 高鳥と一緒に仲良さそうに歩いてるのを見たんだって。 関根は ケインの事が好きだったみたいでショックを受けてたわ」
「そうなのか。 でも、なんか良かったじゃないか。 2人はお似合いだと思うぞ」
「私もそう思う。 それに、今日の話で 元太との距離が近くなったから、私も良かったわ」
香澄は、頬を赤らめた。
「だけど、香澄。 俺とのことを、妹さんと約束したんじゃないのか?」
「あれは、元太からのアプローチを禁じた訳でないわ。 来るものは拒まずよ!」
香澄は、ニッコリと微笑んだ。俺は 彼女の笑顔を見て、堪らなく可愛いと思った。
俺の中の、何かが変わった気がした。
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