第65話 安子との別れ

 進学校のため夏期講習が多く、夏休みは、ほとんど登校していた。休んだ気がしない中で、二学期を迎えてしまった。


 転校により安子も貴子もいなくなり、また 担任の南田も退職してしまった。俺は一抹の寂しさを覚えていた。



 そんな中、女子生徒達にとって衝撃的なことが起きた …。


 廊下から外の景色を眺めていると、背後から 女子達のヒソヒソ話が聞こえて来た。



「ねえ、1年の 桜井 涼介さんが転校したの知ってる?」



「うそー! でっ、どこの学校に行ったの?」



「分からないわ。 でも、彼は優秀だから どこの学校でも受け入れてくれるよね」



「彼のカッコ良い姿が見れなくなると思うと 凄く寂しい。 でも、急に どうしたのかな?」



「三枝とか言う不良がいたじゃん。 多分、アイツと何かあったんじゃないの? 金子 優香が転校したのもアイツが関わってるって噂よ。 不良だけど 成績は学年トップだから頭が切れるわ。 とにかく、ずる賢い奴なのよ」



「シー、そこにいるわよ」



「えっ、アイツなの。 背が高くてスタイル良いじゃん」



「何、言ってるの? あの色メガネと髪型を見なよ。 いかにもガラが悪くて怖そう!」



「因縁付けられるから、見ちゃダメ」



 俺は、気づかないフリをして、この場を離れた。


 その後、教室に入ると 加藤が話しかけてきた。



「よお、三枝。 お前の敵が転校したぜ。 どおりで夏期講に来てなかった訳だ。 奴の本性を知ってるから、いい気味だぜ」


 加藤は、ニコニコして話した。



「まあな」



「おいおい、安子さんが転校したら、寡黙に拍車が掛かっちまったようだな」


 加藤は、皮肉たっぷりに言った。



「加藤よ。 答えにくい事を言うんじゃねえぜ」


 俺は、加藤を睨みつけた。



「あっ、ちゃんと喋った。 ところで涼介のやつ、どこの学校に行ったんだろう。 三枝は知ってるのか?」



「知らねえ」



「スマン、聞くだけヤボだったぜ。 今度、神野に聞いて見るわ。 分かったら教えてやるよ」



 そう言うと、加藤は自分の席に戻った。


 涼介の転校先を 安子から聞いていたが、面倒になりそうなので言わなかった。もちろん 例の警察沙汰になった件も、安子以外には伝えてない。



◇◇◇


 

 昼になり、俺は定食屋に向かった。中に入ると、店主の威勢の良い声がした。



「いらっしゃい。 今日から二学期だね。 彼女さんが転校して残念だけど、これからもよろしくね」


 安子が二学期から転校する事を、店主に伝えていた。



「そんじゃ、いつもので」



「あいよ!」


 

 俺は、奥の席に座った。


 今日 登校してから 喋ったのは、加藤の次に 店主が2人目だった。自分は 孤独に慣れているが、安子と貴子の顔を思い浮かべると寂しい気持ちになってしまう。


 安子は忙しいらしく、ここの所、都立図書館にも来ていない。かれこれ、2週間ほど会ってない。彼女から電話がなかったが、メンツを気にする俺は 連絡できないでいた。安子の事を 常に気にしていたが、電話できない自分の性分がもどかしかった。



 そんな事を考えていると、突然スマホが鳴った。着信を見ると安子からだった。俺は、思わず心が踊った。



「安子か。 久しぶり!」


 嬉しくて、声のトーンが上がってしまう。



「元太、連絡できなくてゴメン。 久しぶりだね。 今、定食屋にいるの?」


 安子の声が、心なしか元気がない。



「ああ、いつも通りさ。 野菜定食の大盛りを頼んだところだ」



「そうなんだ。 野菜定食が一番美味しいよね!」


 安子の声が、少し大きくなった。



「確か 土曜もやってたから、今度、食べに来ようぜ!」


 俺は、安子から心良い返事がくるものと思った。



「ゴメン、ダメなの」


 安子は、小さな声で答えた。



「そうだよな。 転校したばかりだから忙しいよな。 それより安子、駒場学園高校はどんな感じだ?」



「うん、実はね …」


 安子は、言葉に詰まった。



「どうしたんだ。 もったいぶらずに話せよ!」


 俺は、急かした。



「言いにくいんだけど、今、京都にいるんだ」


 安子は、涙声になっていた。



「京都って、どう言う事なんだ?」


 俺は、かなり驚いたが努めて冷静に話した。



「前にも言ったけど、涼介が 駒場学園高校に転校するにあたって、彼の父親が多額の寄付をしたのよ。 理事長は、桜井を特別待遇で迎えたわ。 私の父がそれを警戒して、涼介の素行の悪さを訴えたのよ。 そしたら、前の学校の時のように理事長とぶつかってしまい非難された。 父はこの学校はダメだから最初の目論見通り関西の進学校に行くべきと考えなおしたの。 これが、2週間前のことよ。 凄く色々あったから、連絡できなかった」


 安子は、申し訳無さそうに話した。



「そうか、しょうがないよな。 でも、どこにいたって勉強はできるさ」


 俺は、安子を励ました。



「自分のおかれた境遇を考えると、私は、父が引いたレールの上を歩くしかないと分かった。 だから、国立の京西大学の医学部を目指して頑張らなきゃならない。 私は元太と違い、相当に努力しないと合格できない。 だから、もう元太とは …」


 安子は、言葉に詰まったが、言いたい事は分かった。



「そうか」


 俺は意気消沈し、一言答えるのがやっとだった。



「元太は、たった一言で、片付けられるの。 それで良いの?」


 安子は、イライラし出した。



「・・・」


 俺は、ショックで言葉が見つからない。



「ねえ、私をさらってと言ったらどうする?」


 安子は、縋るように言った。



「俺達は、まだ一人前じゃない。 だから、自分が納得できる目標に向かって努力すべきだと思う。 安子、頑張れ! 応援してるぞ!」


 俺は、精一杯の強がりを言ってしまった。



「優等生の答えね。 分かったわ。 これまでありがとう。 さよなら元太」


 安子は泣いていた。そして、彼女から電話を切られた。


 俺は、しばし放心状態に陥ってしまった。



「おまち! 野菜定食の大盛りです」


 店主の威勢の良い声で、ハッとして我にかえった。


 俺は、運ばれた料理を見ながら、半端ない孤独感を味わっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る