第62話 良平の懺悔

「親父、話してくれ」


 涼介は、興味深そうに聞いた。



 良平は、ゆっくりと話し始めた。


「俺も、お前のように 女性にモテたよ。 放っておいても告白されたものさ。 正直、今でも言い寄ってくる女性は多い。 多くの男性から羨ましがられてる。 だがな、初恋の女性は俺になびかなかった。 俺の事を好きになってくれなかったんだ」


 良平は、ため息を吐いた。



「俺も、親父と同じだ。 先を話してくれ」



「そうか、似た者 親子だな」


 良平は、少し笑った。



「その女性は、俺が大学3年の時に入学した。 最初に見た時に背中に電気が走ったよ。 まぶしい位に素敵な女性だった。 俺は、付き合っていた何人かの女性と別れ、彼女一筋で その女性を振り向かそうと努力した。 だが、彼女は俺に興味を示してくれなかった。 今まで経験した事がなかったから凄く焦ったよ。 だから、街にたむろする愚連隊を雇い、俺に有利になる噂を流したんだ。 そんな中、愚連隊のリーダーが彼女を見かけ一目ぼれしてしまった。 奴はヤクザの組長の倅で、心底恐ろしい男だった。 やがて、彼女を拉致監禁しようと企んだ。 俺も、彼から逆に脅されるようになってしまった。 本当に恐ろしかった」



「親父に、そんな過去があったのか」


 涼介は、自分に置き換えて驚いていた。



「ああ、今から考えると情けない話さ。 そんな中、彼女も俺も、ある男子学生に救われた。 彼は、彼女の事が好きで影ながら見守っていたんだ。 それで異変に気付き、俺は彼から問い詰められて全てを話した。 その男は武道の達人のようで、愚連隊の連中を完膚なきまでに叩きのめした。 寡黙だが強く逞しかったから、その男は彼女から惚れられ告白された。 そして、大学2年の時に、その男と学生結婚したんだ。 俺はショックで、前より 女遊びが酷くなってしまった」



「そうなのか。 じゃあ、ママとはどこで知り合ったんだ?」



「加奈とは見合いだったよ。 買収した企業の社長令嬢だった。 周りが俺の女遊びを心配して、この娘なら俺が惚れて真面目になるだろうと見合いを勧めてきた。 お前も知ってのとおりママは稀に見る美人でしかも優しかった。 凄く素敵な女性だった。 だがな、正直に言うと俺がママに惚れたのは、例の女性にどことなく似ていたからなんだ。 お前が4歳の時に 亡くなったママが来たと勘違いしたほどにな。 だけど、加奈は外見だけじゃなかった。 慈愛に満ちた素晴らしい女性だったんだ。 気がつくと、俺は ママのことを心底愛していた …」


 良平は、加奈の事を思い出し 言葉に詰まった。



「彼女が、ここに来れないのは、親父のせいだと言ったが、どういう事なんだ?」



「ああ …」


 良平は、一呼吸置いて話し始めた。



「仕事の都合で、お前が4歳の時に 親子3人でアメリカで暮らしたが、その時に 例の女性は、外務省勤務でアメリカに単身赴任していた。 実は、俺は彼女の足取りを調べさせていたんだ。 気になっての事だが、別にストーカーしてた訳じゃないぞ」



「そんな事、分かってるさ」


 涼介は、父を弁護するように答えた。



「俺は加奈と結婚して可愛い子供にも恵まれたから、自分の心に区切りを付けようと思い 例の女性を訪ねたんだ。 彼女は戸惑いながらも対応してくれた。 俺も吹っ切れた気がして 凄く楽になったよ。 加奈も彼女と気が合ったようで夜に電話していたが、俺は、彼女には二度と会わない事を誓ったんだ。 だがな、1ヶ月ほどして 加奈が交通事故に巻き込まれて亡くなった時、4歳のお前の声が出なくなったこともあり 彼女を頼ってしまったんだ。 彼女も哀れに思い助けてくれた。 それなのに、俺は図に乗ってしまった」



「分かった。 親父もう良いよ」

 

 涼介は、父の恥になる話を聞きたくなかった。



「いや、話させてくれ。 涼介は、まだ加奈が亡くなったショックを背負ってるんだろ。 全て俺のせいだ。 これを話さないと、お前は次に行けないと思う」



「 ・ ・ ・ 」


 涼介は、答えられずにいた。



「俺は、亡くなった加奈を裏切った。 人妻である事を知りながら、日本からアメリカにいる 例の女性に電話してしまった。 最初は、涼介の事での相談だったから 彼女も親身になって答えてくれた。 だが 俺は、次第に我慢できなくなり 彼女を口説いてしまったんだ。 だけど彼女から相手にされなかったよ。 最後は武道の達人の夫に話すと言われ、大学時代の事を思い出し 怖くなって諦めた。 情けない話だよな …。 なあ 涼介、例の女性にどうしても逢いたいか?」



「ああ、逢いたい。 4歳の時から、俺の時間が止まってる気がする」



「そうか。 だがな …」


 良平は、沈黙した後に続けた。



「佐々木がお前を救いたいと訪ねて来た時、例の女性の名前だけ教えたが、今回の事件のこともあるから、奴に関わってはならない。 絶対に連絡をするな。 良いか!」



「実は、佐々木に拉致監禁を指示したのは、俺なんだ」


 涼介は、なぜか正直に話してしまった。



「本当なのか? 何で、そんな事を …。 ならば、なおさら 佐々木に関わるな。 警察の件は、俺に任せておけ。 聞かれても、知らないと言いはるんだ。 分かったな」



「ああ」


 涼介は、無力な自分が惨めになった。



「例の女性の件だが、俺がした事を考えると 直接連絡ができない。 知人を介し面会を頼んで見るから、それまでは彼女が誰なのか明かせない。 それで良いか?」



「ああ、分かった。 でも、もう待てない。 逢いたいんだ。 情け無いけど 逢いたいんだ …」


 涼介は、言葉に詰まった。



「分かったから、安心しろ」



「頼む …。 それから、鈴木 貴子の件だが、もう 手を引いてほしい」



「お前、彼女の事が好きじゃなかったのか?」



「自分でも分からないんだ。 そんなでは、彼女を不幸にしてしまう」


 涼介は、本音を言えた自分が不思議に思えた。



「分かった、手を引く事にする。 でも、貴子さんは加奈にどことなく似ていたな」



「ああ。 でも、ママが一番美人さ」



「そうだな、加奈ほどの美人は なかなか居ないよな。 でも、涼介はママ似だぞ。 なあ涼介、自分を大切にするんだぞ!」


 良平は、涼介の事が心配になった。



「ありがとう、親父」



 電話を切った。


 涼介は、父と本音の話が出来て少し気が楽になった気がした。

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