第53話 調査の行方

「安子さんは、少しの間だけ涼介と付き合った事があるだろ」


 神野は、人差し指を口に当てて言った。



「えっ、何で知ってるの?」


 神野の問いかけに、安子は不思議な顔をした。



「俺にはアンテナがあるのさ。 ところで、その時の様子を聞かせてくれ」


 神野は、目を輝かせた。



「あいつから告白されて付き合い始めたと思ったら、突然、違う娘と付き合う事になったと言われたの。 変な話でしょ。 だから抗議したら、勘違いさせて悪かったって開き直られた。 涼介が私に送ったラブメールを見せて追及したけど、ジョークを信じたのかって笑われたわ。 あいつ、頭がどうかしてるよ。 別れて良かったわ」


 安子は、思い出して怒りが蘇ったようだ。



「やはりな」


 神野は、納得した表情をした。



「どういう事だ?」


 俺は、神野に質問した。



「涼介の態度は、奴の亡くなった母親と関係があるのさ。 奴の精神は壊れてる」


 神野は、自信ありげに言った。



「お前、涼介の母親が亡くなった事を知ってたのか?」



「ああ、最近 知った。 奴は、俺の情報を集めようと探偵を雇ったが、俺の関わりのある者が察知して探偵に圧力をかけたんだ。 そしたら、その探偵が詫びとして桜井家の調査をしてくれた」



「お前は、一体何者なんだ?」



「だから、それは聞くなと言っただろ!」


 神野は、厳しい顔をした。



「分かった。 聞かねえから 先を話してくれ」


 俺は、神野を急かした。



「探偵の報告書を見ると、涼介が4歳の時に、父親の赴任先のアメリカで 母親を自動車事故で亡くしてる。 その後、日本に帰って来たんだが、涼介のワガママな態度にホトホト周りが困り果てていたようだ。 そこで、涼介をなだめるために、若くて美しい家政婦を雇い入れて 涼介の面倒を見させた。 この家政婦は5年ほど涼介の面倒を見たが、今は結婚して普通の家庭に入ってる。 探偵は、この女性から証言を得た」



「それで、どんな事が分かったんだ?」



「結論から言うと、涼介の亡くなった母親の友人の女性の存在が、涼介の性格に大きく影響を与えたようだ。 涼介は、彼女のことを母親であるかのように思っており、彼女との約束で、誰にも負けない強い男でいたら、自分のところに必ず来てくれると信じていた。 涼介が小さい頃の事だが、元家政婦の話では、かなり強く思い詰めていたそうだ。 涼介の事を哀れに思い一心に可愛がったが、結局 懐かなかった。 亡くなった母親の友人の存在がかなり大きいようで、この女性に逢えない限り、涼介は次に進めないだろうと言ってた」



「貴子の話と合ってるわ。 その、涼介の亡くなった母親の友人は、誰か分かったの?」


 安子は、思わず聞いた。



「ああ、分かった」



「探偵が調べたのか?」


 俺も、思わず聞いた。



「この件は違う」



「誰なのか早く話せよ」


 俺は、急かした。



「その前に、涼介の亡くなった母親の事を説明する。 彼女は、稀に見る美人だった。 彼女は、桜井興産が買収した企業の1人娘で、涼介の父親とは見合いで結婚してる。 当時、涼介の父親はプレイボーイで有名だったから仕方なく見合いをしたようだ。 しかし、見合いの席で一目惚れしてしまい、その場で結婚を申し込んだという。 企業の力関係から、彼女に拒否権はなかった。 涼介の父親は、結婚してからは心を入れ替えて女遊びを全てやめたそうだ」



「で、涼介の母の友人はどうなったの?」


 安子は、神野を見た。



「それを調べるために、まずは涼介の母親の学生時代を調査した。 彼女は、優秀で評判の美人だったが、他には これと言って変わった事は無い。 アメリカに渡って生活するような友人もいなかった」



「そうか。 ところで、俺に聞かせたい話って何だ?」


 俺は、我慢できず結論を急かした。


 

「まあ、焦るな。 前に 角坂からの話で、涼介の家の使用人の佐々木って野郎が、俺の情報を1回につき5万円で買い取るって言ったよな」



「ああ、それがどうした?」



「それを利用して餌を撒いたんだが、そしたら、見事に食いつきやがった」


 神野は、嬉しそうな顔をした。



「どんなネタを撒いたんだ?」



「俺の遠縁の女性が、涼介が逢いたがってる母親の友人だとメールしてやった」


 神野は、安子を見てウインクした。でも、顔が怖い。



「それで、どうなったの?」


 安子も、神野を見てウインクした。



「直ぐに反応したぜ。 佐々木は 5万円を払うどころか、ある暴力団構成員を介し、直ぐに情報を教えろと 角坂に迫ってきた。 だがな、佐々木が連れて来た連中は 俺が知ってる組織の構成員だったから、直ぐに形勢逆転した。 反対に、佐々木を脅してやったぜ」



「お前、本当に何者なんだ?」



「だから、それは聞くなと言っただろ!」


 神野の顔が、怒りに歪み怖くなった。



「早く、続きを聞かせてよ」


 安子は臆する事なく、神野を急かした。



「情報はガセネタだと教え、その上で 佐々木に、期限を切って涼介の母親の友人の女性を探せと言ってやった。 あと、分かっても涼介には報告するなと言っといた。 その後、奴は死に物狂いで探したようだ。 10日程で、見つかったと連絡があった」



「佐々木は、どうやって探したんだ?」


 俺は、気になった。



「結局、涼介の父親に聞いたと言ってた」



「そうか。 でも、それなら 何で涼介は、自分の父親に聞かないんだ?」



「分からない。 何か、父親に聞けない理由があるんだろうさ」



「それにしても、使用人が主人に気軽に聞けるものかしら?」


 安子が口を挟んだ。



「佐々木は、変わった野郎でな」


 神野は、愉快そうに安子を見た。



「佐々木は、元々は桜井興産の社員で、涼介の父親の運転手をしていた。 様々なヤバイ仕事もさせられていたようで、涼介の父親との関係も深い。 涼介の精神が不安定な事もあり、使用人として涼介の面倒を見させていたようだ。 だから、社長である涼介の父親に対して、話ができる関係だったんだよ」



「だから、聞き出せた訳ね」


 安子は、納得した。



「それだけじゃない。 奴は、涼介が精神的にヤバイ状態で、これを癒せるのは 涼介の母親の友人の女性だけだから、彼女に連絡したいと申し出たんだ。 まあ、涼介が精神的にヤバイ状態なのは本当の話だがな」


 神野は、ニヤけた。でも、顔が怖い。



「涼介の母親の友人は、今でもアメリカに居るの?」


 安子が、興味ありげに聞いた。



「いいや、今は日本にいる。 仮に彼女の事を 謎の女性としよう。 この女性は 母親の友人というより、実は、涼介の父親の友人だったんだ」


 神野の話を聞いて、俺と安子は顔を見合わせた。

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