第46話 安子の邸宅

 電車を乗り継ぎ、安子が住む高級住宅街に着いた。



「凄え家ばかりだな。 これじゃ俺らが住んでる家は、うさぎ小屋に見えるぜ」


 俺は、貴子を見た。



「まあな」


 貴子は、低い声で答えた。



「ちくしょう。 バカにしやがって!」


 俺は、嫌な顔をした。貴子は笑っていた。



 しばらく歩くと、安子の家の前に着いた。



「多分、男子が行くと取り次いでもらえないと思う。 だから、貴子だけで行って、安子を誘い出してほしい。 もし嫌だと言ったら、定食屋で待ってると言って見てくれ」



「何で、定食屋なの?」


 貴子は、不思議な顔をした。



「魔法の言葉さ」



「へえ〜。 まあ、分かったわ」



 貴子は、外門にあるインターホンを押した。



「高校の同級生の、鈴木 貴子と申します。 安子さんに話しがあって来ました。 取り次いでください」



 しばらくすると、門が電動で開いた。貴子だけ、中に入って行った。今度は玄関にまたインターホンがあった。


 ボタンを押すと、家政婦らしき人が出た。


「旦那様から、男子生徒に取り次ぐなと言われていましたが、あなたは女子生徒なので、安子お嬢様に確認しました。 お会いしたくないと申されていますので、お引き取りください」



「待ってください。 私は、近く九州の学校に転校します。 その前に、どうしても安子さんに話したい事があるんです。 それと、定食屋で待っているとお伝えください。 それでも会ってもらえないなら諦めます」



「分かりました」


 

 それから、しばらくして安子の声がした。


「貴子、定食屋で待つと言ったけど、あなた1人なの?」



「お願い聞かないで。 意味は安子が知ってるんでしょ? 察してほしい。 私は、二学期から九州の公立高校に転校する事になった。 だから、最後なの。 私と来て」



「分かった。 行くわ」


 しばらくして、安子が玄関の扉を開けて出て来た。貴子は、申し訳無さそうに会釈した。


 2人は、連れ立って歩いた。



 外門を出て、俺がいるのを見つけると、安子は嫌な顔をした。



「元太、何で貴子といるの? まさか よりを戻したの?」


 安子は、怒りの表情に変わった。



「違う! よりを戻したなら隠すさ。 お前に連絡ができなくて、家も知らないし。 貴子がお前を訪ねると聞いて同行したんだ。 話したい事があるんだ」


 俺は、安子の目を真剣に見た。



「そうなの。 じゃあ、近くに喫茶店があるから、そこに行こう」


 安子は、半信半疑だった。



 しばらく歩き、3人は洒落た喫茶店に入った。俺と安子が隣同士に座り、貴子が相対した。


 俺が 安子に、今日の昼休みに校長室であった事を、全て説明した。



「涼介が頼んで、2年の金子 優香が噂を流してたのか。 でもラブホの件は貴子も絡んでたんでしょ。 許せない」


 安子は、厳しい顔をした。



「本当にゴメンなさい。 どうかしてた。 凄く後悔してる」


 貴子は、必死で謝った。



「あの噂のせいで、私は関西の進学校に転校させられるの。 元太とも別れなければならない」



「私のせいで、本当にゴメンなさい」


 貴子は、泣いて謝った。安子は しばらく様子を見ていた。



「分かったわ。 でも、その代わり、元太を好きにならないと約束して」


 安子は、厳しい顔で言った。



「私は、二学期から九州の高校に転校します。 私からは、元ちゃん、いえ、三枝さんに連絡をしません。 約束します。 でも好きな気持ちだけは消せません。 ゴメンなさい」


 貴子は、泣きながら言った。



「貴子。 分かったよ。 私たち2人はライバルだからね。 元太をどちらが振り向かせるか勝負よ!」

 

 安子は、自信に満ちた顔をした。



「本当にそれで良いの?」



「私の性格は、ひょうきんな男前なのよ!」



「うん。 知ってたよ」


 2人は、笑顔になった。俺はそんな2人を見て、心が温かくなった。



「ねえ、貴子。 ところで私の隣に 喋らない大きな置物があるけど、これは何?」


 安子は、意味深に言った。



「本当だ。 素敵な置物だわ」


 貴子も、同調した。



「おい、2人で俺をバカにするなよ!」


 3人は、大笑いした。



◇◇◇



 安子と別れた後、貴子を送り届け、家に着いたのは夕方の6時を少し過ぎていた。


 珍しく、母が早く帰っていた。



「母さん、こんなに早く帰って来て珍しいな」



「元ちゃんに話しがあってね。 例の鈴木精密の件よ」



「何か、良い話しがあったのか?」



「母さんが相談を持ち掛けたところは、いづれも 今いる経営者を刷新する事を条件にされたからダメだと思う」


 母は、辛い顔をした。



「そうか、ダメだったか」


 俺が言うと、母は俺に優しい目を向けて来た。



「父さんの友人の、菱友 才座さんの事を覚えてる?」



「ああ。 俺が、じいちゃんの家にいた頃、父さんに頼まれて様子を見に来てくれた人だろ。 空手を教えてもらったよ」



「菱友さんは、大学の同期で父さんの親友なのよ」



「ああ、聞いてるよ。 高校の空手道関東大会の決勝で対戦して、父さんに苦杯を喫したと言ってた」  



「そうなの? 母さんは、そこまでは知らなかったわ」



「それで、菱友さんが どうかしたのか?」


 俺は、話を最初に戻した。



「実は彼ね、日本最大手の総合商社 住菱物産の創業家の家柄で、今はグループ企業の住菱電気の 社長なの。 将来は、住菱物産の社長になる人よ。 元ちゃんに頼まれた事を父さんに話したら、菱友さんに聞いてくれたのよ。 本当は、父さんが元ちゃんに伝えたかった見たいだけど、その役目を私に譲ってくれたわ」


 母は、俺を見た。



「菱友さんは、元ちゃんから持ち掛けられた話なら協力するって言ったそうよ。 但し、条件があるんだって」


 母さんは、微笑んだ。



「何だよ、条件って?」


 俺は、母の悪戯っぽい笑顔を見て少し不安になった。

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