第25話 卑劣な罠

 佐々木は、探偵事務所の調査結果を、桜井家に持ち帰った。涼介が一通り資料に目を通した後、佐々木が説明した。



「三枝の両親は中央省庁の官僚で、相手にすると手強いです。 両親が彼を見放すよう、まずは、三枝の悪い噂を流したらいかがでしょうか?」



「それなら、すでに、してある」



「さようですか。 さすがは坊ちゃんだ」


 佐々木は、驚いたような顔をした。そして、続けた。



「鈴木 貴子の父親が経営してる会社の状態が悪いから、そこに、つけ込むべきです。 坊ちゃんの父上に頼み、この会社に揺さぶりを掛けたらいかがでしょうか」



「それは良い! これを利用して、元太と貴子の仲を割いてやる。 場合によっては、俺が、貴子と本気で交際してやっても良い。 いや、そうしよう。 愛する女を俺に取られたら、元太は、地団駄踏んで悔しがる事だろう! まあ、貴子ほどの才色兼備なら、俺と釣り合うからな。 彼女も、直ぐに、俺に惚れるだろう」



「坊ちゃんの言う通りです」


 

 2人は、大笑いした。



「おい、佐々木。 気になる事がある」



「何でしょうか?」



「神野のことだが、探偵が調査を断念するほどの大物が背後に居るとなると注意が必要だ。 奴は、元太の味方になるはずだから、この計画を知られてはならない。 角坂に見張らせろ!」



「お任せください」


 佐々木は、深々と頭を下げた。



 ◇◇◇



 佐々木から、探偵の調査報告を受けた日の夜遅く、涼介は、滅多に家に居ない父、涼三に対し、テレビ電話で連絡を取っていた。



「親父、頼みがあるんだ」



「何だ、言って見ろ」



「今、高校の同級生に、鈴木 貴子と言う女子がいるんだが …」


 涼介は、恥ずかしそうに下を見た。



「涼介、遠慮せずに言いなさい」



「ああ。 彼女は美人で、成績も学年トップだ。 凄く魅力的な娘だよ。 俺は、これまで多くの女子から告白されたけど、今まで好きになった娘はいなかった。 だけど、彼女は違うんだ。 こんな気持ちは初めてなんだ …」



「ハハ。 涼介、それは初恋だぞ! お前が惚れるなんて、素敵な娘なんだな。 付き合えば良いさ」



「ああ、そうしたいんだが …」



 涼介は、困った顔をした。



「どうした?」



「その娘の父親は、鈴木精密という会社を経営しているんだが、負債が多くて、かなり苦しいらしいんだ。 彼女が可哀そうでさ。 助けられないかな」



「うちの会社規模からしたら、たやすい事だ。 企画部長の田村を差し向けるから、彼に相談して進めなさい。 涼介は、桜井興産を継ぐのだから、少し早い社会勉強と思えば良い。 お前が主体的に進めるためのサポートをするよう、田村に指示をしておく」



「ありがとう、親父」


 テレビ電話を切った後、涼介はニヤリとした。



◇◇◇



 2日後の夕方、涼介は、桜井興産 企画部長の田村と、学校近くの喫茶店で落ち合った。



「初めまして、田村でございます。 お父様に似て、男前で羨ましい。 また、成績も優秀だとお聞きしております。 よろしくお願いします」


 田村は、高校生の涼介に深々と頭を下げた。



「桜井です。 聞いていると思うが、今回の件は、将来会社を継ぐための社会勉強なんです。 だから、僕の指示に従って動いてください」



「お父上から、承っております」



「まず、今回の件を進める上で、田村さんの考えを聞かせてください」



「はい。 鈴木精密ですが、工作機械を検定する精密機器を製造販売しています。 非常に精度の高い魅力的な製品を開発しています。 しかしながら、倒産寸前の状態です。 設備投資した時の借金が、経営に大きくのしかかっているのに加え、販路が確立していないことが、赤字の原因です」



「それで、どう対処しますか?」



「我が社の関連企業により販路を確保する事で、十分に改善できると思います。 また、この会社の社長は、元々は、大学の准教授をしており研究者だったから、経営に関しては素人です。 我が社が買収し、経営陣を刷新する事で、見違えるように改善します。 企業買収を行う上で、鈴木精密は、申し分ない相手先です」



「分かりました。 買収を進めてください。 但し、こちらの条件を了承した場合、社長を交代させません。 この条件提示は、私の代理人の佐々木が行います。 田村さんは、鈴木精密の社長に、買収に応じるよう説得してください」


「はい、分かりました。 相手の反応を見て、涼介さんに連絡します」



「頼みます」



 涼介が返事をすると、田村は下を見た。



(生意気なガキだが、将来の社長だ。 ここで恩を売っておこう)


 田村は、心の中で思った。



◇◇◇



 涼介は、家に帰り佐々木を呼んだ。



「鈴木 貴子の件だが、桜井興産が、鈴木精密を企業買収する事になった。 貴子の父親に、社長解任を回避する条件として、桜井興産の1人息子の俺との婚約を迫る。 この件は、佐々木が貴子の父親と交渉するんだ。 企業買収は、桜井興産の田村企画部長が対応する。 時期は追って連絡する。 分かったか?」



「分かりました。 坊ちゃんの連絡を待ちます。 でも、早々と結婚相手を決めて良いんですか?」



「貴子と別れて傷ついたところに婚約の情報を与えて、さらに絶望させる。 元太がどうなるか、見ものだ。 婚約したからって貴子と結婚するとは限らない。 飽きたら慰謝料を払って捨てても良いからな」



「あの優秀で綺麗な娘をもったいない。 私がほしい」



「いくら何でも、佐々木は歳が離れすぎだろ」



「冗談です。 坊ちゃんが羨ましいです」



「俺の場合、女なんて、いくらでもいるから平気さ」


 涼介は、爽やかに笑った。



◇◇◇



 田村は、涼介と会った翌日、鈴木精密を訪ねた。貴子の父、貴信は、会社に泊まりがけで働いている。



「社長、桜井興産の、田村企画部長が面会したいと来ていますが、どうされますか?」



「大企業の企画部長が、私に何の用事だろう? 通してくれ」



 貴信は、不思議に思い首をかしげた。

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