第86話 白い呪い。
「……なんだよ、それ。誰かが俺の代わりに依代になるって、それはどういう意味だ? 姉さん」
ズキリと響く胸の痛みに耐えながら、姉さんを見る。
姉さんは言った。みんなの中に、俺と同じ白い呪いを受けている子がいると。そしてその子は、白白夜の死神の依代になってしまうかもしれないと。
「そう怖い顔をするな、なずな。そんな顔をせずとも、今日明日でどうにかなることはない。……それに呪いと言っても、お前ほど強力なものではない筈だ」
「筈って、分からないのか?」
「ああ。詳しく分かっているなら、お前に特定して欲しいと頼む必要もないであろう?」
「それは……そうかもしれないけど。でもじゃあ、どうして1ヶ月以内なんだ? いやそもそも、こうしてこそこそ2人で話すより、みんなと情報共有した方がいいんじゃないか?」
そう言って、でもすぐに気がつく。情報共有できない理由があるから、姉さんはこうして俺にだけ話をしているのだと。
「少し落ち着け……という前に、もう落ち着いたようだな。流石は妾の弟だ。……なずな。お前が気づいた通り、あの姉妹たちには話せない理由があるのだ」
「それは?」
「呪いの中身が分からん以上、下手に刺激したくないというのが1つ。2つめは、あの姉妹たちの母親……真白が、それはダメだと言っておったのだ。その呪いは強力ではないが、特別なのだと。……そしてなにより、自分が呪われていることなぞ知らぬ方がよいであろう?」
「…………」
その言葉を聞いて、思い至る。もし仮にその子の呪いが俺と同種のものであれば、その子は無自覚に周りを不幸にしてきたということになる。
……まあ、今のみんなの様子を見る限り、そんな呪いを受けているようには見えない。けど、可能性がないわけでもない。
ならできる限り、その子が傷つかないように立ち回った方が賢明──。
「…………あれ?」
そこでなにか、違和感。点と点が繋がらない変な感覚に、頭が痛む。……なにか、とても大切なことを忘れてしまっている気がする。気がするのに、それがなんなのかどうしても思い出せない。
「どうかしたのか? なずな」
「……いや、なんか変な感覚なんだ」
「変な感覚?」
「うん。……この前の戦いの途中。柊 赤音のことで、なにか大切なことを思い出した気がするんだ。なのに今は、どうしても……思い出せない。忘れる筈なんてないことなのに、どうしても……思い出せないんだ」
俺は彼女に、お礼を言わなければならなかった筈だ。なのに今の今まで、そのことすら忘れてしまっていた。
「……大丈夫だ、なずな。それは今回のこととは、関係ない。あやつのあれは、また別の問題だ。故に今は、横に置いておけ。……いずれはそちらも、妾がどうにかしてやる」
姉さんはそう言って、なにかを誤魔化すように天井を見上げる。……けれど無論、そこにはなにもありはしない。
「……まあ、姉さんがそう言うなら今は気にしないよ」
そう言って、軽く息を吐いて思考を切り替える。
「それで話を戻すけど、どうして1ヶ月以内なんだ? 1ヶ月後になにかあったりするのか?」
「次の満月が、1ヶ月後だからだ」
「満月?」
その言葉の意味が分からず、俺は思わず首を傾げる。すると姉さんは天井から視線を戻し、小さく笑う。笑って、続く言葉を口にする。
「今夜も空に座するあの天体は、白白夜の死神の根城なのだ」
「……! そうなのか⁈」
「ああ。と言っても、確証があるわけではない。妾の知識も、所詮は他人……他の神から受け取ったものだからな」
姉さんは脚を組んで、長い髪を指で弄ぶ。
「だがあの女……真白も、次の満月までにけりをつけて欲しいと言っておった。妾の力が弱まったあとの満月は、白い呪いが活性化してしまうのだと」
「……なら、急がないとな」
せっかく黄葉を取り戻したのに、また誰かが傷つくなんて絶対に嫌だ。だからなんとしても、解決しなければならない。
「それで? 姉さん。その呪いを特定する方法はなんなんだ?」
「異常だ。呪われている人間の周りには、必ずなにか異常なことが起こる。……まあ既にあやつらは魔法という異常を扱えるが、それ以外でなにかある筈だ」
「分かった。……見つけたあとは、どうすればいい?」
「すぐに妾に知らせろ。妾も今日から、ここで暮らす。だから特定したあとは、妾と……真白がどうにかする。……多少、骨が折れる作業になるが、あの小娘たちはお前の姉だ。それくらいは、やってみせよう」
「大丈夫なのか?」
「ああ。手間がかかるだけで、誰かが傷つくようなことにはならん」
「……そうか。それなら安心だな」
姉さんがここまで断言してくれるなら、安心だ。……あとは俺が頑張りさえすれば、きっと大丈夫。
「さて、なずな。ここからが本題だ」
姉さんはまた脚を組み替え、さっきよりもずっと真剣な目で俺を見る。
「……なんだよ、本題って。まだなにかあるのか?」
「ああ。なずな。お前に1つ、言っておかなければならんことがある」
姉さんはさっきまでとは色の違う瞳で、俺を見る。その瞳は、思わず身震いしてしまうほど真剣だ。この前の戦いの時でも、こんな瞳はしていなかった。
「…………」
だから俺は、思わず唾を飲み込む。姉さんはそんな俺の様子をじっくりと見つめて、穿つような声でその言葉を口にした。
「あの小娘たちと、エッチはするな」
「…………………………は?」
「は、ではない。あの小娘たちと、性行為をするなと妾は言っておるのだ!」
姉さんが叫ぶ。俺の頭は、真っ白なままだ。
「……いやいやいや。なに言ってんだよ? 姉さん。正気か? するわけないだろ? 俺とみんながその…… そういうことを」
「馬鹿者! あの小娘たちがお前にどんな感情を向けているのか、それが分からんお前ではなかろう! ゆえ、妾は命じる。性行為はするなと!」
「……いやいやいやいや。……え? なんだよ、それ。ふざけてるのか? 姉さん」
姉さんのあまりな言葉に、俺は思わず姉さんの正気を疑う。
「ふざけてなどおらん! 妾はずっと本気だ! ……そう、妾はずっと本気なのだ。なずな」
姉さんはやはり真剣な瞳で、俺を見る。
「…………」
だから俺は、黙って先を促す。
「さっきも言ったが、あの姉妹たちの中にはお前と同じ白に呪われている者がおる。そして、なずな。お前の呪いは妾が断ち切ったが、それでもその残滓はまだお前の中に残っている。……その2つが交わると、どうなると思う?」
「それは……」
俺はなにも言えない。……言えないが、いいことが起こらないのは確かだろう。
「ゆえ、下手な真似は絶対にするな。……そもそもなずなに、そういうのはまだ早い」
姉さんは拗ねるようにそれだけ言って、バタンと俺のベッドに倒れ込む。……どうやら話は、これでお終いのようだ。
「……俺も、寝るか」
姉さんの隣に寝転んで、ぼーっと天井を眺める。
……するとどうしてか、1人の女の子の顔が思い浮かんだ。
「…………」
けれど今は、目を瞑る。色々と考えたいことも分からないこともあるが、今日はずっとはしゃいでいたから疲れてしまった。
だから今日はもう、眠ってしまおう。
そう考え、ゆっくりと目を閉じる。
「おやすみ、なずな」
「うん。おやすみ、姉さん」
そうしてここから、俺の新たな生活が始まった。
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